学園のご案内
学園生活
部活動
ヨゼフ・ナウ
校長コラム
What's New
国際交流
International Exchange
進路
朝の祈り
受験生の皆様
学園へのアクセス

校長コラム

2017年
10月
09月
07月
06月
05月
04月
03月
02月
01月
2016年
12月
11月
10月
09月
07月
06月
05月
04月
03月
02月
01月
2015年
12月
10月
09月
08月
06月
05月
03月
02月
01月
2014年
10月
09月
07月
06月
05月
04月
03月
02月
01月
2013年
12月
11月
10月
09月
07月
06月
05月
03月
02月
01月
2012年
12月
11月
10月
09月
07月
06月
05月
04月
03月
02月
01月
2011年
12月
11月
10月
09月
07月
06月
05月
03月
2010年
12月
09月
  • 2012年03月12日《校長コラム》3月12日

    東日本大震災から1年を迎え、昨日はいろいろな記念の式典や追悼の祈りが各地で計画されました。それは、日本国内ばかりでなく、フランスのノートルダム大聖堂でも追悼ミサが捧げられ、パリでは大規模なチャリティーコンサートが開催されました。また、昨年11月に来日されたブータン王国のワンチュク国王も追悼の祈りの集いを開催され、亡くなられた方々、また残されたご家族の心の平安を祈られました。

    1年目を迎えるに当たってのプログラム「NHKスペシャル」を通して、被災地の方々の現状を知るにつけ、仮設商店街などの見える形での復興は少しずつ進んでいても「大切な人、愛する人」を亡くされた方々の心の傷は、逆にますます深くなっているようにも感じてしまい、心の復興はまだまだだなと思いました。それ程、一人一人の「生命」は大切で、かけがえのないものなのですね。

    この土曜日に教会でお会いした海星の先生からGood Newsをお聞きしました。その先生は大船渡などいろいろな被災地を巡って戻ってこられたところでしたが、「陸前高田でセントヨゼフの卒業生の方ががんばっておられましたよ」と伝えてくださいました。この皆さんの先輩はアメリカでのボランティア活動を切りかえて、今東北でがんばっています。誇らしく、たのもしい先輩ですね。

    また、釜石からの発信では、「釜石発復興希望キップ」が発行されています。そのキップの有効期限は「あきらめない限り有効」と記されているのです。Yes, you can do it!と大きくうなづきたくなるキップですね。「めげない!逃げない!くじけない!」の前向きの姿勢で今日も一日、必死に生きていこうとしておられる被災地の方々の心に寄りそって、私たちも日々、もっともっと祈っていかなければと感じています。祈りましょう!

    2011.3.11 東日本大震災を受けて 祈りをともに<キリスト教学校教育同盟と日本カトリック学校連合会が共同して作成した祈り>
    神さま、地震や津波にあって、
    今も苦しんでいる人々をお助けください。
    家族を失くした人々、
    家や仕事を失くして困っている人々、
    悲しみや苦しみのために
    心の力を失くしている人々に、
    勇気と希望をお与えください。
    そして、わたしたちも、
    この人々のことをいつも思い出し、
    助け合う心をもつことができますように。
    イエスさまのみ名によって。アーメン

  • 2012年03月05日《校長コラム》高等学校第51期生 卒業式 式辞

    ともすると、季節の移り変わりへの感覚が希薄になりがちな現代ですが、自然界は時の営みを忘れることなく、校庭の紅梅、白梅もほころび始め、桜の蕾が日に日に膨らんでいます。これを見るにつけ、神秘とも言える新しい生命への躍動を感じ、人間を超えた方の想いが伝わってまいります。私たちがどこかに置き忘れてきた大切なものに、自然がそっと気づかせてくれるような気がいたします。

    そのような麗らかな春の訪れを感じます今日、前葉津市長様はじめ、ご来賓の方々、保護者の皆様をお迎えいたしまして、ここに第51回セントヨゼフ女子学園高等学校卒業式を挙行できますことは、学園一同にとりましてこの上ない喜びでございます。

    ご来賓の皆様には公私共にご多用のところご臨席賜り、卒業生の門出をお祝いいただきまして厚く御礼申し上げます。

    保護者の皆様は、立派に成長され、つい今しがた卒業証書を手にされましたお嬢様の姿をご覧になり、そのお喜びもひとしおのことと存じます。お嬢様の在学中には学園の教育方針に寛大なご理解とご支援を賜りましたことに、高い所からではございますが心からお礼申し上げます。

    卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。皆さんは今、一人ひとり卒業証書を手にして、お世話になった方への感謝のうちに深い喜びを噛みしめていることでしょう。またこの春からの希望に満ちた旅立ちに、胸をときめかせていることと思います。そんな皆さんに私からお贈りしたいのは、"BE YOURSELF!!"「あなた自身であること」というメッセージです。 
                                  
    3月11日の東日本大震災から、はや1年になります。2万人近い方々の尊い生命を一瞬にして奪い去ったこの大惨事は、私たちに「生きるとは?」という、とてつもなく大きな問いを投げかけています。今もなお生命をいただいている私たちは、このあまりにも大きな犠牲を決して無駄にすることはできないのです。

    このような時だからでしょうか、最近話題になっている本の1冊に、オーストラリアのBronnie Wareさんの著書があります。彼女は、ホスピスで人生の最期の時を過ごす患者さんの緩和ケアに長年携わった看護師です。彼女によりますと、患者さんは来るべき日が近づくと、人生をしっかりと振り返るのだそうです。その中で「ああすれば良かった」「こうすれば良かった」と、いろいろ話される後悔には、同じものが非常に多いと言います。そのナンバーワンは「自分自身に忠実に生きれば良かった」、言い換えれば「自分らしく生きれば良かった」という後悔です。それは、たとえば、世間で波風を立てずにうまくやっていくために、自分の本当の気持ちに心を留めることなく生きてきて、可もなく不可もない存在で終わってしまったという無念さです。「自分は、一体誰だったのか?」と、自分が存在したという証の物足りなさを感じるのでしょう。ホスピスで過ごす患者さんだけではなく、多くの方々が「自分はどのように生きてきたのか」と、その人生を振り返るのではないでしょうか。

    "Be yourself"は私から皆さんへのメッセージですが、卒業生の皆さん自身にとっては"Be myself"、「自分自身でいる」ということになります。そして、いま、皆さんは"Be myself"とは、どんな生き方なのだろうかと考えていることと思います。そこで一つのエピソードを挙げてみましょう。

    51期生の皆さんが学園のために主体的に取り組み、最後までやり遂げてくださったことがあります。それは、長年の学園の課題であった「夏制服の変更」でした。デザインの段階から関わり、一つ一つのプロセスをクリアーしていく長い道のりでした。いろいろな意見もあり、まとめていくのは非常に困難なことだったと思います。その中で、私の心に印象深く残っていることがあります。高校の制服が上下とも白という決定に関しては、当然「汚れやすいのではないですか?」という反論もありました。この問いかけに対する学園会と校風委員の皆さんの答えは実に見事でした。「白は、汚れやすいからやめましょうという見方に捕らわれるのではなく、白だからこそ、食事の時や歩き方、腰掛け方にも気をつけ、汚れたら手入れをして、白の清潔さを保っていくよう努力しましょう。ヨゼフ生の誇りをもって制服を大切に着たいのです。」という答えでした。

    便利なことや簡単なことが歓迎され、いろいろなことがその基準で選ばれていく中で、ヨゼフの新しい夏の制服は、あえて異なった観点から生徒の手によって決定されたのです。時の流れに翻弄されることなく、 確固として"Be myself"の姿勢を貫いたヨゼフ生の姿を見る思いがいたしまして、私は大変誇らしく、嬉しかったのを今でもはっきりと覚えております。

    "Be myself"「自分自身でいる」ことは、周囲のことを考えず、自分の好き勝手に生きるということではありません。心の声に耳を傾け、よく考え、自分の考えに信念を持って行動に移すこと、そして最後まで逃げ出さないで、責任を取ることだと思います。この学園で培った「私たちを超えた方から誰もがこよなく大切にされていて、誰もが掛け替えのない存在である」という人間観に根ざした"Be myself"であることを、しっかり心に刻んでおいてほしいと望んでいます。

    けれども時として、そのような生き方には困難が伴ったり、東日本大震災のような予期しない出来事によって、行く手が阻まれたりすることもあります。他の人々の存在や意見を尊重しながら、目標に向かって自分の生き方を貫こうとするとき、先の見えない苦しさを味わうこともあるでしょう。「自分らしく生きること」は極めて強い忍耐力と、たゆまぬ努力を必要とする生き方でもあるのです。とは言え「自分らしく生きる」とはどのようなことなのか、皆さんはこれまでにヨゼフでたくさんのヒントを得ています。

    一つのKeyは、一人ひとりが私たちを超えた方から愛され、見守られていることに気づいた時、自分自身を大切にすることができるということです。自分を大切にするということは、この超えた方の存在があってこそできることなのです。私たちは超えた方Something Greatに愛されていますので、自分を大切にします。また、同じように他の人も大切にすることになるのです。

    もう一つのKeyは、このSomething Great、私たちを超えた方はいつも私たちの側にいてくださるということです。私たちの悩みを一緒に受け止めてくださったり、私たちをありのまま受け止めて、とことんまで分かってくださっています。

    卒業生の皆さん、私たちの生命の源である方の存在と、その私たちを超えた方がどんな時にも私たちの側にいてくださるという、二つの揺るぎない原点を見失うことなく、元気よく出発してください。いただいている生命に、そしてあなた自身の存在に誇りと感謝をもって、"Be myself"を生き抜いていってください。ヨゼフ生のミッションは、人々の中で温かく灯る希望の光となり、隠し味の塩のように、周りを幸せで味つけしていくことです。このヨゼフのスクール・モットーである「世の光、地の塩」として出逢う方々に幸せをお届けし、そのことによってあなた自身の人生も喜びに満たされますよう私は心から願っております。

  • 2012年03月05日《校長コラム》出逢い…その絶妙なるタイミング

    「ゆく川の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず。」
    この鴨長明の「方丈記」冒頭の無常観を、厳しく哀しいまでに私たちに差し示した3・11の東日本大震災からはや一年の歳月が流れます。

    この一年、いろいろな状況や想いのなかで過ごしてきた被災地の中学生や高校生の皆さんは進路選択においても震災の影響を色濃く受けていることでしょう。その未来ある若者たちに祈りと共に心からのエールを送ります。  
    しかし同時にこの無常観は、人が無限の力を持つと信じ、利便性や快適さを追求し続けてきた生き方そのものへの痛切な警鐘だったとも言えます。人間は、持てば持つほどさらに持ちたいという迷路に入り込み、その所有欲には際限がありません。物質的に豊かになると、すべてに満たされたような錯覚に陥るのですが、実は逆で、精神的には貧しくなることが少なくないのです。もし私たちが被災地の方々と復興へ向けて心を合わせ、新たな視点と意識に目覚めるならば、Innovation(改革)の道を共に歩み出すことになり、私たち自身の内なる復興も始まるのです。

    このように生き方の根本を問い直される時代には、自分の立ち位置を確認し、信念をもって前進するための礎が要ります。ヨゼフの生徒にとっては、スクール・モットーである「世の光・地の塩」がその礎となっています。第51期卒業生の皆さんは卒業記念品として「世の光・地の塩」をあらわした書の額など装飾品三点を学園に寄贈してくださいました。心から感謝いたしますとともに、それを目にするたびに、私たち一人ひとりが自分の生き方を振り返ることができればと切に願っています。 

    自分の持つ才能を発揮して出逢う方々を温かく幸せにする世の光として生きること。そして隠し味となり、腐敗を防ぐ塩のように目立たないところでも自分の持ち味を生かしながら世に尽くすこと。ヨゼフで学んだすべてはこの生き方への招きなのです。

    「世の光・地の塩」という聖書の言葉は、学園の建学の精神「愛と奉仕」をどう生きるのかをイメージしやすい形で示しています。では、この愛とは何でしょうか。その昔、キリスト教を日本に伝えた外国人の宣教師たちは、愛という言葉(Love)を「ご大切」と翻訳しました。愛とは相手を大切に思う心です。授かった自分の命(一刻、一刻)を大切にし、同じように、相手の命をも大切にすることです。かけがえのない命を授かっているという共通の認識が相互の命を尊重しあうという土壌を生み出すのです。愛を「ご大切」と表現された宣教師の洞察力と眼差しの深さに感心するばかりです。

    愛と奉仕の精神を持って、「世の光・地の塩」となって生きることを目指し、奉仕活動に力を注いでいるヨゼフの生徒の顔は、いつも輝いていて活き活きしています。このように自分を輝かせ、周りの方々に喜んでいただける生き方へのヒントとなるのが、遺伝子の研究をしておられる筑波大学名誉教授の村上和雄先生の言葉だと思います。先生は長年の研究の結果、人間は遺伝子上では99.5%は誰でも同じで、もし能力に差があるとすれば、遺伝子を「眠らせている」か、「目覚めさせている」かの違いだけだと断言されています。

    眠らせる要因として人間の可能性(possibility)を妨げる六項目を挙げておられます。
    ①いたずらに安定を求める
    ②辛いことを避けようとする
    ③現状維持の気持ち
    ④勇気の欠如 
    ⑤ありのままの自分の抑制
    ⑥成長への意欲の欠如

    逆に遺伝子を目覚めさせる六項目も挙げておられます。
    ①いつも明るく前向き思考 
    ②今の環境を変えてみる
    ③人や時との出逢いを尊重
    ④感動する
    ⑤感謝する
    ⑥人のためを考えて生きる

    遺伝子を眠らせるか、もしくは目覚めさせるかは、私たち一人ひとりの手中にあるようです。電灯と同じように遺伝子をスイッチ・オンにするか、あるいはスイッチ・オフにするかは自分次第ということになります。人はとてつもなく大きな責任を担い、実に無限の可能性を秘めているのです。

    セントヨゼフでの学びが恩師や友人との出逢い、また生き方の模索における気付きという内的な出逢いに満ちていることに、皆さんは気づいているでしょうか。

    出逢いは、「早すぎもせず、遅すぎもせず、絶妙なタイミングでやってくる」と言われています。人は人生において最も適切なときに、しかるべき人や出来事との出逢いをいただいているようです。皆さんは心のしなやかな時期にこの学園で多くの出逢いをいただきました。その絶妙なタイミングの不思議さに気づく時、村上先生が提唱されている"Something Great"(私たちを超えた方)の存在にも気づくことでしょう。この大きな存在の計らいのうちに育まれ、生かされていることに気づくことのできる柔らかな心を皆さんがいつまでも持ち続けてくださることを願っています。「世の光・地の塩」は、ヨゼフで学んだ皆さんの永遠の松明(たいまつ)なのです。

  • 2012年03月03日《校長コラム》自然・生命・人間「3・11」からの警鐘

    日本大震災と、福島の原子力発電所の事故を通して、私たちは多くの問いかけを受けています。それは単に日本国内に留まらず、人類全体への警鐘であり、人としてどう生きていくかの選択と決断に繋がっています。

    陸前高田の「奇跡の一本松」は、被災時からずっと人々の心の支えでした。しかし海水で根が腐ってしまい、9ヶ月経った今、生育が不可能になっています。「希望」のシンボルだったこの松について、地元の人々は「私たちをずっと見守ってきてくれた親のような存在でした。でも今、私たちは復興への第一歩を踏み出しています。親離れの時が来たのかもしれません」と前向きに語っておられます。「高田松原」に美しい姿で立ち並んでいた七万本もの松の中で、津波の魔手から逃れてたった一本だけ残った「奇跡の一本松」。その姿はまもなく消えていきますが、見ることができなくなっても人々の心に深く刻まれ、「希望」の灯火を輝かせて、復興の象徴としての使命を果たしていくことでしょう。有り難いことに、接ぎ木によって後継樹の三本の苗が「希望の子」として育っているそうです。育成に携わっておられる研究員の方は、「あれだけの津波に耐えた母親から生まれてきた子供たちなので、必ずや陸前高田の復興に一役買ってくれるでしょう。」と、逞しく成長してくれることを固く信じておられるのです。

    大地震で発生した津波によって、多くの方々は一瞬のうちに財産の全てを奪い取られてしまいました。お金さえあれば幸せになれると信じて築いてきたものを全て無くしたとき、人は初めてお金で買えない「もの」があることに気づき、今までとは異なった風景や世界を見るようです。これこそが2011年の漢字一文字に選ばれた「絆」なのでしょう。苦しみの深い闇の中で人々が見た復興への光は、人の心であったと思います。東日本大震災を機に、自分をいつも中心に置いて全てを眺めていた生き方から、周りの人を心に留め、他者を意識し、他者と繋がっていく生き方へと、人はその歩みの方向を大きく変えていくことになったのです。

    見える世界の崩壊によって、今まで気づかなかった世界を垣間見ることがあります。当然だと考えていたことが、実は「有り難い」ことで、決して当たり前ではないのです。健康、家族、四季、友人、食事、空気、水、お弁当・・・・。もしこれらが失われてしまったら、どうなるでしょうか。ふだんはあまり感謝することなく、当然のように受け止めていたことが、実はとても有り難いことの連続なのです。そして、そこには自ずと他者との絆が見えてきます。

    この気づきは感謝に繋がり、心を動かす感動を生み出すのですが、当たり前の世界に生きてきた私たちは、感謝すること、感動することをどこかに置き忘れてしまっているようです。

    いのちをいただき、大自然の中で生かしていただいている私たち人間としての生き方が「3・11」を通して深く問われています。未曾有の災害に見舞われた今こそ、愛と勇気を持って自分の生き方を変えていくときではないでしょうか。