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  • 2013年02月18日《校長コラム》2月18日

     2月も半ば過ぎになってきました。2013年として見ますとまだ2か月目なのですが,皆さんのように生徒としての立場からは,学年の終わりに近づき,いろいろなことが一つの節目を迎える大切な時となっています。
     市田ひろみ先生のご講演から始まり,先日16日の浅野先生と平野先生のパネル・ディスカッションで今年度の終止符を打った「女性学講座」も一つの節目を迎えました。
     他校にはないセントヨゼフならではの「見えない学力」(学ぶ力)としてスタートしました「女性学」でしたが,年間4回のお話しをいただきましたね。"Self-Produce"と題して,自分自身を産み出していくいろいろなin-putをたくさんいただきました。そんな中には「思いやりの心を育てるための5つのお約束ごと」もありましたね。覚えていますか。そしてその中のいくつかを毎日Tryしているでしょうか。お聞きして,頭でわかっただけでは,まだあなたのものになっていません。授業中,机の上で学び,数値で示す成績で評価する「見える学力」と異なって「見えない学力」の女性学は,数値で示す評価も偏差値もありません。そこで余り大切ではないという誤解をする人がいますが,それはとても残念なことなのです。きっと人生のもっと遅い段階で気づくことになるのでしょうが,その時は少々遅すぎるかもしれません。
     毎月の集会や年間4回の女性学は,「見えない学力」として「見える学力」と同じ位,大切な時間なのです。それはあなたが一人の人間としてそして一人の女性として成長していく時の生涯の礎・土台となるからです。生き方や存在そのものに問いかけます。ですから成長に欠かせない大切な栄養素なのです。定期テストが終わりましたら一度,メモをしたノートや振り返り用紙に記した自分の感想をもとにこの一年,何を学び何に気づいたのか自分で確認しておきましょう。見直しのプロセスを踏むか踏まないかで,あなたの生き方は変わってくるほどこのプロセスは重要です。
     さて,もう一方の「見える学力」で自分が今どこに立っているのかを評価する定期試験も一週間後にスタートします。もう一つの大切な節目として全力を尽くしてください。

    今日の聖書からのイエス様のメッセージは・・・
     ―わたしは世の終わりまでいつもあなたがたと共にいる― (マタイ28章20節)

  • 2013年02月04日《校長コラム》2月4日

     昨日は節分。そして今日は立春と,季節の大切な節目を迎えています。しかし最近は,日本の大切な年中行事も少し色褪せて形骸化してきています。そこで,少し情報を集めてみました。
     「節分」とは,読んで字のごとく季節の分かれ目です。立春,立夏,立秋,立冬の前日をすべて節分といって,年に4回あったのです。最近は立春の前日だけを指すようになっています。「立春」は,太陽の動きを正確に観測し,1年を24に分けて季節の移り変わりを表したものの一つです。春分,秋分,夏至,冬至は今でも耳にしますね。
     節分の豆まきは中国から伝わった風習で,「厄払い」や「魔除け」の意味があり,鰯の頭を柊の小枝にさして戸口に挿す風習もあるようです。季節の変わり目は何かと体調の変化があったのかもしれませんね。ではなぜ,豆は炒ったものを使うのでしょうか?考えたことがありますか?投げた豆は,全部拾って食べるものらしいですが,生の豆を拾い忘れて芽が出ると困るということだそうです。"Empty Pot"のPing少年のお話を思い出してしまいますね。
     日本の伝統的行事ですのに,そのいわれや意味を知らないでいるのは少々恥ずかしいことですし,伝統文化が消えていくのは残念な気がします。それにしても,昔の人々がどれほど大自然の移り変わりに敏感であり,四季それぞれとともに生活していたかが垣間見られ,羨ましくさえ思いました。暦の上では春ですが,本当の春はもう少し先のようですね。私たちも校庭の桜たちの日々の変化に心を向け,春の訪れを「待つ心」を育んでいきましょう。
     今日の聖書のみことばは,マタイの6章26節からです。
    ―空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず,刈り入れもせず,倉に納めもしない。だがあなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。