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  • 2015年03月02日「問う」「考える」「表現する」力

     校庭の梅の蕾もふくらみ始め、2月も半ばを過ぎますと、いよいよ6年生が巣立っていく日も間近に迫ってきます。と同時に60期生になる新1年生を迎える準備をしながら、私はセントヨゼフの教育を通して、ヨゼフ生がどのような花を咲かせてくださるのでしょうかといろいろ思い巡らせています。現代のように変化の激しい時代を生きる皆さんですから、ヨゼフで培った価値観を中核にして、凜として歩んで行ってくださることを願いつつ、皆さんの幸せをいつも祈っています。

    “International”と”Global”
     この二つの言葉は、時折、混同して使われることがありますが、従来言われてきた「国際化」は”International”の方で、国と国との間(inter)の相互の関わりを奨励したものでした。それに対して、昨今よく取り上げられる”Global”はGlobe(天球)からきている言葉で、「地球丸ごと」という捉え方です。世界の人々を「地球村」の同胞、あるいは家族と見なす発想です。
    「国際化」について話す時、ともすると私たちはこの両者を同意義に扱う傾向がありますが諸国間の関わりとして見るか、あるいは地球という一つの単位で見るかによって立ち位置は全く異なってくるのです。
    「グローバル化」でしばしば強調されるのが、相互理解です。グローバル化はたとえ異なった立ち位置で考え方が合意に至らなかったとしても、一つの地球の住民であることに重点を置く、地球レベルの生き方を中核としています。そのようなグローバル教育の特徴の一つは、「私にはできない」という消極的選択肢を相互に理解し合い、尊重し合って最善の策を探し続け「どうしたらできるか」という力に変えていくところにあります。この変えていく力には、「問う」「考える」「表現する」力が不可欠になってきます。
     今世紀の画期的なIT化や経済産業の発展に伴って、異なった文化や伝統を持つ人々が、それまで接したことのない自分たちとは全く違った存在に気づき、その違いを理解しようと努力し、共に協力して一つの地球村を実現していくのがグローバル化です。その実現のためには、まずそれぞれが「ローカル」としての自分が何ものなのかをしっかりと把握し、特性を失わないことが大切なのです。私たちが日本人として、自分自身の生き方、文化、伝統、価値観を再確認して、自分のidentity(主体性)を明確にすることが、グローバル化の出発点なのです。
     従来の国際関係の考え方で国対国という見方から、今は地球上のすべての国家、国境の意味が、従来のようには通用しない時代に差しかかっているのです。年々増々深刻化している環境問題一つを取り上げてみても、国境を越えて地球的視野に立つと、果たして自分にできることは何かを真摯に「問いかけ」、「考え」、「表現する」必要性に迫られているのです。

    「グローバル人材」
     2012年に文部科学省から出された「グローバル人材の育成について」の文書によりますと、次のような人物像を想定しています。
    「世界的な競争と共生が進む現代社会において、日本人としてのアイデンティティを持ちながら、広い視野に立って培われた教養と専門性、異なる言語、文化、価値を乗り越えて関係を構築するためのコミュニケーション能力と協調性、新しい価値を創造する能力、次世代までも視野に入れた社会貢献の意識などを持った人間。」

     グローバル人材は「競争」に打ち勝つだけではなく、「共生」にも対応していくよう期待されており、文面にはグローバル人材として必要な資質が5項目挙げられています。
    ① 日本人としてのアイデンティティ
    ② 広い教養と専門性
    ③ 相互理解に努めるコミュニケーション能力
    ④ 新しい価値観を創造できる能力
    ⑤ 社会貢献意識
    グローバル人材とは、単に英語ができればよいという短絡的なものではないようです。英語は目的ではなく、異なる言語を話す人々が意思疎通するための道具であり、手段なのです。肝心なのはその中味で、英語を使って何を「問い」「考え」「表現する」のかなのです。

    「ゼロから考える力」・リベラルアーツ
     現代ではITが普及し、情報端末にキーワードを入力すれば必要な情報が簡単かつ容易に手に入る時代に突入しています。もはや丸暗記した知識の価値は消滅し、受験秀才も姿を消していきます。「先生、正解は何ですか」と正解をゴールにしていた生徒たちの学習スタイルは、「知識偏重型」あるいは「知識伝達型」から「課題解決型」への移行期が既にスタートしているのです。このような時代の変化に直面しながら「生きる力」として根本的に重要なことが、新しい価値を発見したり創り出したりする力です。その土台となるのがリベラルアーツ(教養)なのです。次世代を担う若者である皆さんには、何が重要なのかを自分で「問い」、「考え」、これを論理的に「表現する」このゼロから考える思考力が必要となってくるのです。
     現在の時代の大きな変化に直面しながら、「生きる力」として不可欠なのは、創造的に、今までにない何か(something)を見出し、出逢っていく・・・出逢うまでは探し続ける学びの姿勢がkeyとなるでしょう。リベラルアーツ(liveral arts)は腐葉土として土台の役割を担います。
     リベラルアーツの語源は、遙かギリシャ時代にまで遡ります。ギリシャで学問を修めたのは市民階級、つまり奴隷ではなく自由民でした。本来自由に学べることは、大きな喜びであり特権だったのです。中世以降ヨーロッパで大学制度が広まる中、実践的な学問の基盤となるのが、①文法、②修辞、③論理、④代数、⑤幾何、⑥天文学、⑦音楽の7科目でした。専攻にとらわれずに教養科目(リベラルアーツ)を自由に学ぶことが、専門課程の「法学」「医学」「神学」を学ぶ基盤となったのです。現代もリベラルアーツ、基礎教養の重要性が見直されてきています。
     イエール大学のリチャード・レヴィン総長は、来日の折、一人の記者から「専門知識の重要性が高まっているこの時代に、どうして教養科目(リベラルアーツ)にこだわるのですか。イエール大学は、時代に逆行しているのではないでしょうか?」という質問を受けました。レヴィン総長は、毅然とした態度で、自信を持って次のように応えられました。
     「科学の最先端に立ってみればわかります。何が真理かは必ずしも自明でなくなることがあります。新しい検証課題に対して、新しい手法を考案しながら立ち向かわなければならないことが多いのです。真に革新的な課題に取り組んでいるときには、それまでに答えのない課題に対して批判的(critical)に、そして真剣に取り組んだリベラルアーツの経験が生きてくるものなのです。だからこそ、将来は物理学者になるかもしれない若者が、第一次世界大戦がなぜ勃発したのかを議論することが大切なのです。未来の生物学者が、シェイクスピアを分析的に読んでいくことも同じ意味で必要なことです。困難な時代だからこそ政治や実業の世界で指導者としての役割を果たしたいなら、情報を分析的、かつ論理的に見つめる能力が必要になります。だから法科大学院に進学する学生が、解析学や離散数学を学んだりする必要があるのです。」
     リベラルアーツ(教養教育)の名門、イエール大学でご自身も6年間学び、助教授として4年間教鞭を執られた斎藤 淳氏は、
    「誰もが学び、考え抜くことを楽しみ、そうすることで新しい価値を創り出していく使命感に満ちあふれていました。」とイエール大学の教育哲学を絶賛しておられ、新しい価値を創造するには長年の努力やひらめきが必要だと、ご自分の経験からのコメントを付け加えておられます。

     4月からリベラルアーツに挑戦する卒業生の皆さんも、60期生という後輩を迎える在校生の皆さんも、自分自身のアイデンティティ(主体性・個性)をしっかり確立していく努力をご一緒にいたしましょう。
     ヨゼフの教育哲学の中味には”Who am I?”「私は誰?」というアイデンティティの確立に始まり、グローバル化、グローバル人材、リベラルアーツ、ゼロから考える力のレシピがしっかり組み込まれています。卒業生の皆さんは、専攻科目による深さと幅をもたらすためには、まずこの春からのリベラルアーツ(教養科目)で学問の世界の”warming up”に挑戦してみてください。イエール大学総長のレヴィン先生の確信に満ちた言葉を座右の銘に自分自身を磨いていってください。「どうして難しい数学や物理や古典を勉強するのですか?毎日の生活に何の役にも立たないのに・・・」と呟いていた在校生のあなた、将来どの専門分野を選ぶにしても、教養(リベラルアーツ)を通して、自分自身でしっかり「問いかけ」「考え」、そして「表現する」力を養うために、今いろいろな科目を勉強しているのですよ。それは「生きる力」となり、周りの方々に幸せをお届けしてより良く「生きる力」になっていくのです。根本的な「問い」かけをしたり、道筋を立てて「考え」たり、論理的に「表現する」力をつけるため、毎日のどの授業も訓練の「道場」なのですよ。”Here and now!”今が大事!ここが大事!

    神様からいただいている二度とない人生だから!

  • 2015年03月02日《卒業式のご挨拶》

     弥生3月、校庭の桜は、まだ固い蕾ですが、そこには確かに春の息吹が感じられ、希望に満ちた「春の訪れ」が約束されています。

     本日、大塚司教様はじめ、ご来賓の方々、保護者の皆様をお迎えいたしまして、ここに第54回高等学校卒業式を挙行できますことは、私共、学園一同にとりましても、この上ない大きな喜びでございます。

     ご来賓の皆様には、公私共にご多用のところ、ご臨席賜り、卒業生の門出をお祝いいただきまして、厚く御礼申し上げます。

     保護者の皆様は、立派に成長され、つい今しがた卒業証書を手にされましたお嬢様のお姿をご覧になり、そのお喜びもひとしおのことと存じます。

     お嬢様の在学中には、学園の教育方針に寛大なご理解とご支援を賜りまして、深く感謝いたしております。高いところからではございますが、心からお礼申しあげます。

     本日の卒業式には、高校在校生と共に、中学一年生が参加いたしております。1年前の入学式の折には、6年生が参列いたしまして後輩の59期生を喜びのうちにお迎えいたしました。それ以来、本学園の特徴の一つでもあります”Sistership“で、6年生にはいろいろとお世話になりましたので、先輩への感謝の心で、また5年後の自分達の姿を想像しながら1年生は同席いたしております。

     卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます!
    皆さんは今、これまでお世話になった沢山の方々への感謝のうちに、深い喜びをかみしめていることでしょう。「感謝」と「喜び」は表裏一体で、切り離せません。喜びに満ちた幸せな日々を生み出していく「感謝の気持ち」をいつも心に留めておきましょう。

     先日、私は6年生だけの講話の機会をいただきました。一方的な私からのお話だけでは、つまりませんので、すっかり立派な「ヨゼフ生」に成長した6年生に、一つの問いかけをいたしました。

    「卒業に当たって、もし他校に行っていたら、得られなかったヨゼフにしかないものは何だと思いますか」
    そして何人もの人が力強く応えてくれました。

     一人は「『世の光・地の塩』のスクール・モットーのように、他の人々に奉仕する意味や、その喜びに気づきました。」

     別の人は「奉仕する時、身近な方のお役に立って喜んでいただけるのも、とても嬉しいことですが、私たちが直接 会うことができない遠い国、目に見える世界から、目に見えない世界、越えた世界にも目を向けられるようになりました。」
     その人は実際、カンボジアで活動している先輩である卒業生の話を聞いて、「カンボジアの子供たちに、学用品を贈りましょう!」と、他の生徒に呼びかけて、奉仕の輪を大きく広げていきました。目に見えることだけではなく、まだ会ったこともない、見えない国の子供たちへの熱い想いを行動に移すことができ、新しい可能性を発見したのです。

     またもう一人は「自分を越えて、日本を越えて、さらに広い視野に立って、グローバルな観点からとらえる眼差しを育むことができました」と分かち合ってくれました。

     卒業生の皆さんが、中学2年生の頃、ご一緒に海外研修でオーストラリアに行きましたが、あの頃と比べますと、本当に見違える程、成長されたお一人おひとりを、こうして見ておりますと、とても頼もしく、卒業していく皆さんのことを、心から誇りに思ったひとときでした。


     現代は、少子高齢化や、IT化、そしてグローバル化による大きな波で、激動の時代を迎えていますが、皆さんだったら、きっと乗り切っていけると、あなたへの信頼をさらに強くしました。

     グローバル時代を生きる皆さんは「共に生きる」という「共生」の時代を生きることになりますから、一層「相手を理解する」ことや違いを受けとめ、それを豊かさに変えていく、新しい眼差しが必要になってきます。

     ヨゼフを卒業していく皆さんは、この点に於いても大丈夫です。今まで人と共に歩むことのすばらしさと同時に、難しさ、その両方を、ヨゼフでの学園生活を通して、しっかり経験してきた皆さんですから、自信を持って巣立っていってください。

     98名の同期の卒業生が、あなたの人生の中で、どんなにかけがえのない宝になっているか、これからそれぞれが、別々の道を歩み始める時、一層はっきりと見えてくることでしょう。激動の時代ですから、いつも平坦な道とは限りません。山あり、谷あり、暗闇もあり、困難もあることでしょう。しかし、そんな時にこそ、ヨゼフで学んだあなたには、「世の光」として輝いていくあなたの使命(Mission)があるのです。

     こんな言葉があります。
    Truly, it is in darkness that one finds the light.
    「人は暗闇の中でこそ、光を見出す、というのは実に真実です。」という意味です。確かに、昼間は少しも気づかず、見えていないたくさんの星を、私たちは夜空に仰ぎ見て、その美しさに驚くものです。

     私たちは、計り知れない未来に向かって歩んでいますから、これからの人生で、困難に出会ったり、その苦しみや辛さで、倒れそうになることもあるかもしれません。あるいは自分のことではなくても、大切なお友だちや、周りの方が、そういう状況に置かれることに出会うでしょう。

     そんな時、必ず思い出してほしい二つの聖書の「ことば」をお贈りして、皆さんを前途洋々とした大海原に送り出し たいと思っています。その二つの個所は、奇しくもイエス様の生涯の最初と最後に関わっています。

     一つは「ヨハネの福音書:3章16節」です。
    「神は、その独り子を、お与えになったほどに、世を愛された。」私たち人間にわかる姿で、私たち人間にわかる言葉を通して、私たちを超えた”Something Great” である神様は、人間に近づいてくださったのです。「独り子」は何ものにも代えられない大切なものを表しています。そのイエス様を、私たちに贈ってくださった神様の、私たちへの想いは計り知れません。それがクリスマスの全てです。全てを創造された方にとって、私たち人間一人ひとりは、そんなにも大切な存在、それ程価値あるものとしてくださっているのです。あなたも、私も、何ものにも代えられない大切な存在なのです。この神秘を、あなたの旅立ちに必ず 持っていってください。

     もう一つの個所は「マタイ福音書:28章20節」です。
    「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」
    この言葉は、イエス様が復活の後、天に昇られる時に、弟子たちに託されたイエス様の最後の言葉です。誰にとっても、最後の言葉は真実で、決して偽りがありません。イエス様は、いつも必ずあなたの傍にいてくださるのです。

     54期の卒業生の皆さん、あなたの新しい旅立ちに当たり、神様の豊かな祝福とあなたの幸せをいつも祈っています。その幸せの2つの鍵を、もう一度繰り返します。心にしっかり刻んでください。

     一つは、
    人間は、私たちを超えた方から命をいただいています。
    誰もが かけがえのない存在で、創造された方から無条件に愛され受け入れられているのです。

     もう一つは、
    その私たちを超えた方は、私たちがどこに行っても、何をしていても、いつも共にいてくださり、守り導いてくださっているのです。

     セントヨゼフは、皆さんのalma mater、母校です。
    alma materはラテン語です。 “bounteous mother”、本来は「恵み深い母」という意味です。ですから「母校」というのですね。いつでも皆さんが「ただいま!」と帰ってきてくださることを心待ちにしています。

     それでは、卒業生のお一人おひとりの上に、神様の豊かな祝福と導きを願って、今から心を合わせて祈りをお捧げいたしましょう。

    【卒業式の祈り】
    すべてを治められる神よ、
    今日まで98名の卒業生を、あなたの計り知れない
    英知と愛によって導いてくださり、
    この日を迎えられましたことに感謝して祈ります。

    愛の源である神よ、
    これからの生活において、それぞれが学園で身につけた
    愛と奉仕の精神を心に燃やし、隣人愛に励み、
    「世の光、地の塩」として、世界の平和のために
    貢献していくことができますよう、
    一人ひとりにあなたの愛を豊かに注いでください。

    希望の源である神よ、
    苦しい時にも、困難にあった時にも、
    あなたが、いつも共にいてくださることを思い起こし、
    信頼と希望、勇気をもって歩むことができますよう、
    力づけてください。

    生命の源である神よ、
    災いや、あらゆる悪の力から一人ひとりを守り、
    心身ともに健康で、豊かな心の女性に成長できるよう、
    今日学園を巣立っていく卒業生の前途に
    豊かな恵みと祝福をお与えください。

    私たちの主、イエス・キリストの御名によって、
    お願いいたします。アーメン。

  • 2015年03月01日As I have loved you

     セントヨゼフ女子学園の基盤となっている宝物を皆さんにお伝えしたくて、これまで『遺産(Legacy)』や、『源泉を求めて』など、多くの文面を「学園だより」に載せてきました。
     しかし今年は、学園会を通して皆さんの方から「ヨゼフ生らしさ」や「女性らしさ」について発信しています。これは実に大きな転換で、頼もしくとても嬉しい動きです。素早くまとめあげることが目的ではなく、私たちはその一つ一つの言葉の底にある深い意味をじっくり眺めることに招かれているように思います。
     例えば、「ヨゼフの生徒は親切で温かく、優しい女性です」という定評をいただいていますが、この「優しい」を少し心の眼差しで見つめてみましょう。「優しい」という漢字は、「イ(にんべん)」に「憂」と書きます。この字は、いろいろな悲しみや憂いを抱いて生きている人と共にいて、その傍らに佇む人の姿なのです。「やさしい人」のイメージはただ単に明るく温かな人という姿に留まりません。自分自身も辛い思いや、痛い体験を持っているからこそ、たとえ何も言えなくても、ただその人の傍らに佇むことでその人の癒やしになることもあるのです。
      わたしは傷をもっている
       でも、その傷のところから
        あなたのやさしさがしみてくる。 (星野富弘)
     人間としての尊厳を大切にして、互いにありのままを受け入れ合っていく時、そこに愛が生まれます。16世紀、日本への最初の宣教師は、愛を「ご大切」と翻訳しています。ヨゼフ生は、相手を大切にするこの生き方を土台として、しっかりと成長していくように招かれているのです。
     イエス様の時代、当時のユダヤ教の人々は、600以上もあるたくさんの掟を文字通り守ることに全力を尽くしていました。イエス様は、そのようなユダヤの風習の中で、毅然と私の与える新しい掟は、ただ一つ・・・
     「互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように」と話されるのです。
    ( Love one another as I have loved you. )
     私は、ヨゼフの皆さんが、これからも”Who am I ? “、「私って誰?」と問い続けていく道程の中で、このイエス様からのメッセージを心の羅針盤(コンパス)として保ち続けてくださることを心から望んでいます。特に、イエス様の言葉の後半部分“ As I have loved you. “(私があなたがたを愛したように)がヨゼフ生の生き方となってほしいのです。
     イエス様は単に、「互いに相手のことを大切にしなさい。」という勧告をされたのではないのです。イエス様は、ご自分の生涯を賭けて、またご自分の命を架けて、私たち一人一人に「あなたは私にとって掛け替えのない大切な存在。世界に”Only one “の存在」というGood Newsを届けてくださったのです。命をかけて、私たち一人ひとりが宝物であることを身をもって示してくださったイエス様の深い想いは、ヨゼフの教育の中枢なのです。”have loved“と現在完了形で表されているのは、これから起こる未来のことではなく、過去から現在もずっと継続していることなのです。「やりなさい!」と指令されたのではなく、「私が生きたように、あなたも生きてください!」という招きです。つまり私たち一人一人はイエス様に大切に思われており、「私がそうしたように、あなたも一人一人を大切に生きてほしい!」というイエス様からの招待状なのです。
     もちろん、私たち人間は、自己中心的になり、『善いサマリア人』のたとえ話の祭司のように、面倒なことは避けて通ろうとします。そんな時、イエス様の私たちへのメッセージを想い起こしてみましょう。イエス様と一緒だと、逃げ出さないで、困難に一生懸命直面することができると信じています。いつも背中を押してくださり、” You can do it. “と、あなたを信頼してくださっているイエス様が共にいてくださるのです。ヨゼフ生は、どんな時でも、またどんなところに行っても、一人ぼっちではありません。あなたのことを、ありのまま、100パーセント受け入れてくださるイエス様が同伴してくださっているのです。ヨゼフ生には、このことを心にとめて生きていってほしいのです。