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  • 2011年09月29日2011年9月29日の朝の祈り

    先日私は、長く会っていなかった祖母に久しぶりに会いました。他県に住んでいる祖母が、叔母の車に乗って私の家に遊びに来たのです。久々の再会に私が、「おばあちゃん、元気にしてた?体の調子はどう?」と尋ねると、祖母は「おかげさんでねえ、みなさんがいろいろ助けてくれるから、この歳でも元気にしとれるわ。」と答えました。その後も祖母との会話の中で私は何度も「おかげさんで」という言葉を耳にしました。「おかげさんで毎日ごはんもおいしくいただける。」「おかげさんで子どもたちも孫たちもひ孫たちもみんな元気にしてくれとる。」「おかげさんでここに遊びに来られた。」「おかげさんで今日は気分がいい。」などなど。今まではあまり気にしたことがなかったのですが、よく思い出してみると、そういえば祖母は私が子どものころから「おかげさん」という言葉をよく口にしていたなあと気づきました。きっと祖母は「今こうしていられるのは誰々のおかげ」といつも周りの人に感謝しながら生きてきたんだろうなと、そんなことを思いました。考えてみれば、私たちの身の回りのことはすべて誰かのおかげです。誰かのおかげなしに成り立っていることなんてないのですね。あれもこれもみんな誰かのおかげさん。でも私自身、忙しかったり、疲れていたりすると、周りの人に感謝するどころか、ともすると誰かのせいにしてしまったりもします。それではダメだ!祖母のように「おかげさん」精神でいこう!そんなことを考えさせられた一日でした。
     テスト期間です。余裕をなくして周りの人に当たり散らしたりしていませんか?そんなとき、ちょっとだけ今日の話を思い出してもらえるといいなと思います。今日一日心穏やかに過ごせますようにと願って、しばらくの間静かに目を閉じましょう。

  • 2011年09月28日2011年9月28日の朝の祈り

     テスト期間が近づき、皆さんの意識は試験に向けられ、こうしている今も頭の中には、教科書のページが浮かんでいるのかもしれませんね。
     さて、今朝は人にとっての宝と宝探しについて考えてみたいと思います。聖書のマタイによる福音書の13章に「天の国」のたとえが次のように書かれています。「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払い、それを買う。」続いてよい真珠を探している商人もたった一つの真珠の為に同じようにしていることが書かれています。
     この箇所が夏休みの終わる頃からずっと頭の中から離れません。ことのはじめは、津の教会にある細川ガラシアのものであったとされている櫛にあります。その櫛は、この学園の校医であった伊勢谷先生のコレクションでキリシタンのものとされるマリア観音、茶碗や刀の鍔、手鏡、小箱等の宝物とされている品々のうちの一つで伊勢谷記念館と呼ばれる建物の中にあります。
     夏休みも終わりに近いある日、突然、東京の高輪教会のカトリック信者さんが、その櫛を見たいと津に現れました。数年前にも津に来られたことがありましたが、今回はその櫛がお目当てでした。地元にいるといつでも見ることができると思い、あまり関心を払わないものですが、お二人はその櫛を是非一度見てみたいものだと車をとばして来られたのでした。私は、以前にキリシタン遺物の質の高さでは伊勢谷コレクション、数では沢田ミキさんのコレクションと聞いていましたので、それを伝えると「あんなものは、フィリピンやスペインに行けば山とありますよ。鑑定書のないものは偽者だよ。あの櫛だけは本物かもしれないけれど…」とそう言われたのです。私はそれを聞いて、大笑いしてしまいました。なぜなら、記念館には平素は鍵がかけられ、大切に保管されていますので、ほとんどのものは本物と信じていたからです。次いで、あの時代は見つけたら徹底的に壊したはずだから、あんなにたくさんは残っていないとまで言われたのです。後で、伊勢谷先生を知る人にその話をすると、伊勢谷先生ご自身も本物ではないものもあるかもしれないと言われていたということでした。リスクがあっても信仰を守った人々の証として、また後に続く人々のためにも残したいという熱意と信仰がお金と時間をかけて膨大なコレクションになったのでしょう。ですから記念館の入口には「神様からお預かりしたものですから、神様にお返しします。」という札が掛けられています。
     暫くこのことが頭を離れず、ぼんやりと考えているとき、先に紹介しました聖書の箇所が浮かんできました。「自分が探しているものが見つかったら、喜びいさんで家に帰り、持ち物をすべて売り払い、それを買う」とあります。それが天の国のたとえになっています。さて、皆さんにとっての宝とは何でしょうか。案外、身の回りにあるかもしれません。探す前から決めつけず、面倒がらず、損得勘定なしに、自分自身のすべてをかける宝を探すことができるようにと祈りましょう。そうなれば、きっと天の国が近づいてくるのがわかることでしょう。

  • 2011年09月27日2011年9月27日の朝の祈り

    8月に岩手県の釜石を訪ねて、仮設住宅訪問で「傾聴」ボランティアをしたことは先日報告会で述べたとおりです。
    おさらいをしますと、「傾聴」とは聴くことに徹することですが、そのボランティアリーダーからの指示で、被災者の人たちの話を聞くときにアドバイスとか意見など一切言わずにひたすら聴くというものです。大震災の大変苦しい経験をされてきた人たちの心が癒やされるのは、私たちの浅はかなアドバイスなんかによるのではなくて、別の力による、ということなのでしょう。
    私は、これまで人とお話をするときは、相槌を打ちながら自分の考えも述べて会話するものだと思っていましたし、ある程度想定して独りよがりの話を進めることもあったりで、ひたすら聴くという経験はなかったと思います。
    釜石での傾聴ボランティアではつかの間でしたが大変良い経験をさせてもらったと思います。それで、時々このことを思い出しながら今、日常の生活に応用しています。聴くことに集中していると自分がゆったりしてくるのが感じられます。時々、人の話をじっくり聴いたり、この頃なら秋の虫の声や、あるいは日常の生活の音を聞きます。また、祈りの中でもお願いばかりするのではなくて、聴くこともしていきたいと思います。何も案ずることもせず、目をつぶってただ「聴く」祈りとなります。勉強の合間に皆さんもしてみてはどうでしょうか。

  • 2011年09月26日2011年9月26日の朝の祈り

    新しい週の始まりです。今朝もこうして「いのち」をいただいていることを、当然と思ってしまわないで、とてもスペシャルなプレゼント、「いのち」をいただいていることをもう一度しっかり受けとめて、感謝のうちにこの一週間元気よくスタートいたしましょう!無事に登校できたこと、こうして「朝の祈り」のひとときを持てること、当たり前ではないのですよね。一つ一つ、私たちを越えた方からいただいているものです。

    さて皆さんはヨゼフィンピックを体育委員のリーダーシップのもと懸命にやり遂げましたね。次年度に向けて、いろいろな改善点はあるでしょうが、生徒が中心になって企画していく体育祭「ヨゼフィンピック」も早や三年目。力強い動きになってきています。

    今年は台風到来で、柔軟に臨機応変の対応を余儀なくされましたが、予定通りできないことも、生きていく上では多々あります。その都度生じてくる現実から「では、こういう場合どうしよう」と学ぶことも少なくありませんね。どう受けとめて、どう行動していくかが問われています。

    私も今回は台風到来で、東京から予定通りに帰宅できなくなってしまいましたが、急遽とりましたホテルで、他校の校長先生方といろいろお話する機会をいただき、たくさん学ばせていただきました。ヨゼフィンピックの皆さんの活躍振りを見ることができず、とても残念でしたが、神様のその時その時の計らいの内には、後でしかわからない深い意味があるのだと受けとめています。

    人間の想いを越えている「できごと」の中でも、3.11の大震災の被災者の方々は半年経った今も心の深みで「なぜ?どうして?」と問い続けておられることでしょう。でもとにかく前へ進んでいかなければならない現実もあるわけで、その狭間で一日一日を必死に生きておられるのだと思います。

    校内のあちらこちらに貼られているポスター・プロジェクト「復興の狼煙」の表紙に書かれているメッセージを朝の祈りとしてお捧げしたいと思います。いただいている「いのち」を「私は今日一日どう生きたいのか」そんな問いかけを自分自身に投げかけながら、心の耳を傾けて共に祈りましょう。

  • 2011年09月17日2011年9月17日の朝の祈り

    昼間はまだまだ残暑が厳しいですが、朝晩本当に涼しくなりました。
    「清風払明月」 私の家の床の間にかけてある、掛け軸の言葉ですが、本当にすがすがしい風が吹き、月が美しく見えたこの一週間でした。秋の7草とおだんごを飾って月をみる日本の伝統行事もだんだんなくなってしまいました。秋の7草を知っていますか。萩、尾花、くず、なでしこ、おみなえし、ふじばかま、ききょう です。勉強に疲れた夜、窓から美しい月を眺めてみるのも素敵ですよ。今は虫の音も聞こえます。ディスカバリーで宇宙にいける時代ですが、「月のなかにうさぎが住んでいて、お餅つきをしている」という懐かしいおとぎばなしを思い出してみるのはどうでしょうか。日本には昔から伝統行事がいろいろあります。特に秋にはさまざまな行事があります。来週月曜日19日は敬老の日、そして金曜日23日は秋分の日 お彼岸さんと呼ばれる日です。おばあさん、おじいさんに一言こえをかけたり、手紙を書いたり、またお墓参りをしたり、萩の花からイメージされたといわれているおはぎを食べたり、勉強や部活動から少し離れて、ほんの少しゆとりの時間がとれたらうれしいですね。

  • 2011年09月16日2011年9月16日の朝の祈り

    今日は、今、進路で話題になっているキャリア学習についてお話しようと思います。キャリア学習とは、学習や体験を通して「働くこと」への関心・意欲を高めるための進路学習のことをいいます。
    中学生の皆さんが行っている「職業調べ」や「卒業生による講話」などは、学習を通してのキャリア学習の例です。また、夏休みに病院で医師や看護師・薬剤師の体験をしたこと、ホテルやケーブルテレビ、幼稚園で職場体験したことなどは最もわかりやすい体験を通してのキャリア学習の例です。
    他にも、三重大学で行われる「高校生のためのサマーセミナー」や「実験講座」、地元の企業が主催する「地域が応援する女子高生のためのキャリアップセミナー」への参加なども「職業観」につながるということで広い意味でキャリア学習といえるでしょう。このようなキャリア学習を積極的に行うことによって、将来の目標が定まり、自分が何をしたらよいかが見えてくるのです。
    ここで皆さんに、11月に行われるキャリア学習を2つ紹介したいと思います。
    1つ目は、高校生対象の「南山大学高大連携講座」です。この講座は、南山大学で行われる英語と文化の模擬授業で、高校の授業とは少し違う手ごたえのある内容から学問への理解と関心を高めることができると思います。
    2つ目は、中学生・高校生対象の「女子中高生理系進学推進セミナー」です。このセミナーは、名古屋大学で行われ、内容は理系分野で活躍中の女性研究者による講演や、同大学の若手女性研究者によるポスター発表となっています。研究内容だけでなく、勉強や生活についての質問もできるようです。
    興味のある生徒は、進路資料室まで、パンフレットを取りにきてください。

  • 2011年09月15日2011年9月15日の朝の祈り

    今朝は私の実家のアヒルとカモのお話をしたいと思います。
    昨年の初め頃、実家に2羽のアヒルのヒナがやってきました。黄色くてフワフワとした、可愛らしいロゼとバンシルです。2羽はとっても仲良しで、どこへ行くにも何をするにもいつもぴったり、2羽くっついて遊んでいました。
    ところがある晩、その2羽を入れた籠を入れておいた温室にイタチか猛禽類か何者かが入って、どこかへロゼを連れ去ってしまいました。朝になって私たちが気づいたとき、運良く逃げられたバンシルは1羽で温室の外に蹲っていました。
    真っ暗な夜の闇の中で、小さなバンシルは本当に恐ろしい思いをしたのでしょう。あまりのショックから、それからえさも水も飲むことができなくなり、ガピガピ鳴くこともそして立つことすらもできなくなってしまいました。
    実家には、ロゼとバンシルが来る前から合鴨のゴディバがいました。それまで2羽の新入りアヒルに全く興味を示さなかったゴディバですが、不思議なことに、その日からずっとバンシルの横に寄り添うようになりました。そして、いくら水をあげても飲まなかったバンシルに、ゴディバは水をくちばしですくって、バンシルのくちばしをちょんちょんとつつくのです。すると、少しずつですが、水が飲めるようになったのです。
    私はそれまで、血の繋がりや種族を超えた”思いやり”というのは、人間だけのものだと思っていました。けれどもこの時、種類も年齢も違うアヒルとカモという人間以外の生き物にも、痛みや苦しみを分かち合うことがあるということに気づかされました。
    今、バンシルは丸々とした立派なアヒルとなり、時々レタスやブルーベリーをつまみ食いしつつ、ガァガァ大声で鳴きながらお庭を歩き回っています。
    今、各学年の掲示板にはウォーカソン講演会で紹介された”復興の狼煙”ポスターが貼られています。言葉ではとても表せないほど、大変な思いをされた方々ですが、ポスターには明日へと向かう前向きなメッセージが添えられています。大きな悲しみにあわれた方々が一日でも早く大笑いできるよう、私たちも心を寄り添わせ、お祈りしましょう。

  • 2011年09月14日2011年9月14日の朝の祈り

    今朝は、まずお祈りから始めたいと思います。月曜日には校長先生が、昨日は理事長先生もお話くださいましたが、3月の大震災、そして先日の台風で亡くなられた多くの方々のために、また、そのご家族のみなさんのために心を合わせてお祈りしたいと思います。聖母マリアへの祈りを一緒に唱えましょう。

    恵みあふれる聖マリア、主はあなたとともにおられます。主はあなたを選び、祝福し、あなたの子イエスも祝福されました。神の母聖マリア、罪深いわたしのために、今も死を迎える時も祈ってください。アーメン。 

    みなさん、ありがとうございました。私の独りよがりの考えかもしれませんが、みなさんと一緒にお祈りをした方が、より想いが届くような気がして、今日はこの場でみなさんにお願いしました。

    私は年に一度、11月の追悼ミサの時に、「生きること」や「命」について考える時間をいただいていますが、今年ほどそれらを深く考える年はないように思います。3月の震災、また先日の台風で、数多くの方々の命が一瞬にして奪われました。今の私たちのように、学校や職場で、またお家で普通の日常を送っていた人たちです。あまりのひどい現実に言葉を失うばかりです。そして何をどうすることもできない自分がいます。
    どうしてこんなことに・・・?と心の中で何度繰り返しても、もちろん何も変わりません。この震災があってから、今まではずっと忘れていたのですが、学生時代に読んだある本がふと蘇ってきました。それは、「私たち人間は、どんなにまじめに努力をしても、どんなに頑張っても、結局は、自分を取り巻く環境には勝てないのだ」というテーマの小説です。この本の場合、主人公が屈した自分を取り巻く環境というのは「貧困」でしたが、今の私たちに置き換えると、私たちがどんなに頑張っても、自然の恐ろしい力の前には、どうすることもできない無力なまま、ということになるのでしょうか。そんなことを考えながら、何とも言えず苦しい気持ちでいた私ですが、その気持ちをはっと明るくしてくれたものがありました。それは、始業式でのウォーカソン講演会で最後に見せていただいた写真の数々、「復興の狼煙」というテーマの被災された方々の写真とそのメッセージです。家族や家、町全体を失いながらも、強い気持ちで復興へと向かっている方々の姿に感動し、私の方が勇気づけられました。
    今年の全国高等学校総合文化祭は、8月に福島県で行われましたが、先日偶然にもテレビのニュースで
    その様子が放送されていました。壇上で、声高らかに述べられた女子高校生の言葉は次のようなものです。
     「私はこの福島で生まれ、育ち、生活し、この福島で就職し、この福島で結婚したい!」と・・・。

     今、私たちができることは、そんなに多くはないかもしれません。ですが、何かできることがあるとしたら、その機会を活かしていきましょう。
     今日から、ウォーカソンの受付が始まります。みなさんの想いを、待ってくださっている方々に是非、届けましょう。
     今日もいい日でありますように。

  • 2011年09月13日2011年9月13日の朝の祈り

    9月11日(日)は東日本大震災から6ヶ月目に当たり、被災地は勿論全国いたるところで祈りが捧げられました。私達、修道院でも静かな祈りの時を過ごしました。

    さて皆さん、今回の大震災を通して、本当に多くのことを学ばせていただきます。毎日新しい感動があります。

    昨夜NHKのクローズアップ現代で釜石の復興のことが取り上げられました。
    皆さんは4人の先生方の夏の釜石でのボランティア体験話を聞いて、あれから6ヶ月も過ぎた今もまだ大変な状態にあることはわかっていると思います。その町がこれからどのように復興されるのでしょうか。地元の人々だけでなく、皆の心配であり関心事です。釜石は前は海に面し、すぐ後に山があり、安全を守り、且つ景観を保つには難しい地形なのです。そこで釜石復興プロジェクトチームが作られることになり、地元の人々に加えて全国からも専門家も含めて多くの人々が参加し、100名にもなりました。多くの人の思いや、アイディア、意見が持ち寄られ、imageが出来ていくのです。

    私が感じたのは、
    (1)誰かが支えてくれる、してもらうではなく、自分達がやらなければという積極的な生き方。
    (2)復興は「元どおりに」ではなく、全く新しい発想で、皆の住みよい町作りを考えています。専門家の才能によって新しいimageが生まれていますが、彼一人の力ではありません。多くの人と共働して出来ていくのです。
    (3)"Where there is a will, there is a way"という格言があるように、『意志』があれば少々の困難を乗りこえて前進できるのです。

    皆さんももうすぐヨゼフィンピックもやってきますし、勉強も頑張らねばなりませんが、各自が意志の力を働かし、同時に共に支え合い協力して前進していきましょう。

  • 2011年09月12日2011年9月12日の朝の祈り

    昨日9月11日は、大きなふたつのこととが歴史にきざまれた日でしたね。
    ひとつは東日本大震災から6ヶ月を迎えたこと。
    もうひとつは、アメリカの「同時多発テロ事件」からちょうど10年の歳月がたったことです。3000人近い犠牲者のお名前をおひとりおひとり読み上げる5時間にも及ぶ追悼式典が、オバマ大統領・ブッシュ前大統領出席のもとに行われました。幸い報復テロは阻止できたようです。
    修道院では1時間の"Holy hour"『聖時間』を持ち、沈黙のうちに犠牲者、被災者の皆さまのご冥福をお祈り致しました。
    今朝、私たちも被災者の方々を今一度心に留めましょう。

    東日本では今もなお不安と困難のうちに避難生活を送り、心も体も疲れ果てた方々がたくさんおられます。
    神様がよいものとしてお造りになった自然が放射能によって汚染され、生まれ育った土地を離れて暮らさなければならない方々がたくさんおられます。
    支援が十分に行き渡っていない地域、また半年経っても今なおがれきの山が消えない地域で暮らす方々がたくさんおられます。
    そんな中で、決してあきらめることなく、凛として希望に向かって前向きに生きようとする方々も、たくさんいてくださいます。私たちも、その輪の中に入れていただき、支援活動を通して、ともに生きる絆を深めていくことができますようにと、いつも心に留めていましょう。


    ~以下、学園会会長より~

    今朝はウォーカソンについてお話しします。今年のウォーカソンの募金の送り先は皆さんも知っている通り、東日本大震災の被災地とシエラレオネです。東日本大震災の被災地の様子はTVでもよく放送されていますし、又、始業式の日に被災地にボランティアに行かれた4人の先生方によるウォーカソン講演会も行われました。学園会でも、できる限り全校生がウォーカソンに参加してくれるよう、様々な企画を計画中です。詳細については決まり次第お伝えしますが、今年のゴールでのくじ引き景品には、シスターが岩手県で買ってきてくださった『がんばろう東北』のステッカーと帽子が用意されています。
    3月11日におきた東日本大震災で、私たちはたくさんのことに気づかされました。自然の力のすごさや人間の力の弱さ、そして日本人だけでなく外国の人たちの心のあたたかさなどです。国ごとに救助隊や救助犬を派遣していただいたり、また個人で多大な義援金を寄付していただいたりと、本当にたくさんのあたたかい心と愛を感じました。それなのに、同じ国に暮らす私たち日本人が何もしないでいていいはずはありません。ウォーカソンの当日、たった3時間、たった10キロです。被災地の人のために今できること、そのひとつがウォーカソンです。
    できるだけたくさんの生徒が、できるならば生徒全員で、このウォーカソンを行えることを私は願っています。ぜひみなさん、被災地の方々、そしてシエラレオネの人々のことを心にとめ、みんなでウォーカソンに参加しましょう。

  • 2011年09月09日2011年9月9日の朝の祈り

    9月に入り、今みなさんは新たな気持ちやさまざまな目標を抱いて後期を迎えていることと思います。
    さて、突然ですが9月には有名なクラシック音楽がたくさん生まれています。
    その中から今朝は1789年の9月に作曲されたモーツァルト クラリネット五重奏を聴いてみたいと思います。
    ゆっくり目を閉じて耳を澄まして聴いてみましょう。

    曲(2分)

    この曲はモーツァルトが経済的、家庭的危機にあった時に書いたとされる名曲です。
    どうでしょう?そんな苦しみを感じさせず、むしろ幸福感が音になったように伝わってくるのではないでしょうか?困難を乗り越えたその先に幸せはあるとこの曲を通してモーツァルトは伝えたかったのかもしれません。私たちも後期を迎えるにあたってさまざまな困難にぶつかった時、その先にはきっと幸せがあると信じて一緒に乗り越えていきましょう。これで今朝の祈りを終わります。

  • 2011年09月08日2011年9月8日の朝の祈り

    昨日の午後は,文化講演会として岩崎先生にお話しいただき,皆さんそれぞれに考えることがあったと思います。
     今朝の祈りは「希望」ということについて少し考えてみたいと思います。国語辞典によると「希望」とは,「ねがい,望み,よいことを期待する」という意味を持つことばです。希望は,人が常に持っていなければならないもので,希望を持っていない人は,生きる張り合いというものがなくなり,活気のない毎日を過ごすことになると思います。たとえそれが,旅行に行くことでも,試合に勝つことでも,テストでよい点を採ることでも何でもいいと思います。何か希望を持つことで人は,希望を実現するための努力をし,その努力によって進歩していくのです。もし,抱いた希望が実現できなくても,一生懸命に努力したことが素晴らしいと思います。私たちは,無意識に,明日が必ずくることを信じています。明日を無条件に信じることは,明日を待ち望み,明日に希望をもつことだと思います。私たちはだれでも何かの希望をひめて,生きています。『一切が失われても,希望だけはもつことができる』ということばを聞いたことがあります。本当にその通りだと思います。希望は青春だけの特権ではありません。生命のある限り,私たちは希望をもちうるし,また,もっています。ですから,生きるということは,希望をもつことだと思います。

    それでは,先日の台風によって災害に遭われた方々のために主の祈りを唱えましょう。

  • 2011年09月07日2011年9月7日の朝の祈り

    東日本大震災の被害の大きさに胸を痛め、自分なりにできる支援を続けましょうと、犠牲と祈りをささげている私たちの上に、豪雨を伴った台風12号が追い撃ちをかけてきました。今度は紀伊半島の太平洋側に被害が集中しており、三重県の紀宝町も深刻な状態に陥っています。ニュースでその実態を知れば知るほど、こうして無事でいられることの有り難さと申し訳なさ、人の力の弱さと小ささを痛感させられます。こんな時に皆さんはどうするのでしょうか?私は何はさておき、マリアさまのところに駆け込みます。そして「苦しんでおられる方々のためにお祈りください」とお願いします。
    ええ、そうなのです。私は自分の手に余ることは勿論のこと、何であってもマリアさまにお願いしています。一つのできごとがきっかけになりました。大学時代のある日、私はとても怖い夢をみて、「サンタ・マリア!」と叫んで跳ね起きました。そうして落ち着いてから、自分の言ったことを振り返ってみたのです。それは「キャーッ!」とか「助けてー!」とか「お父さん!」「お母さん!」ではなくて、「サンタ・マリア!」だったのですよね。困った時にはこう言おうと決めていたわけではなく、とっさに口をついて出てきた自分でも思いがけない言葉でした。このことは私には「マリアさまの元に行くこと、マリアさまに祈ることがあなたにはよく合っていますよ」と語りかけているように思われ、「はい、わかりました。そうします」と応えて今に至っているのです。
    私たちは弱くても小さくても、若くても年とっていても、それぞれ使命・役割があります。自分の置かれている場でそれを果たせるように、マリアさまに助けを願いましょう。

    マリアさまへの祈りが新しくなりました。お聞きください。

    アヴェ・マリア、恵みに満ちた方。主はあなたと共におられます。あなたは女のうちで祝福され、ご胎内の御子イエスも祝福されています。神の母聖マリア、私たち罪びとのために、今も死を迎える時もお祈りください。アーメン。

  • 2011年09月05日2011年9月5日の朝の祈り

    記録的な雨をもたらした台風12号は、死者・行方不明者の方が80名近くにもなる大きな爪跡を残していきました。被災者の方々のため、続けてお祈りいたしましょう。皆さんのお家は大丈夫だったでしょうか。

    金曜日の「実力テスト」が中断されたり、土曜日の「文化宗教奉仕部発表会」も中止となり、とても残念でしたね。日曜日の「津市長杯第2回小学生英語スピーチコンテスト」は、まだ激しく雨の降りしきる中、予定通り開催することにしました。天候のせいでしょうか、3人の方からキャンセルが入りましたが、昨年の2倍近くにもなる83人の小学生が、元気よく力一杯スピーチにチャレンジしてくださいました。津市内の方に限らず桑名や伊勢と、遠方からも来てくださり、昨年の優勝者の方も、コンテストの後県外に転校されたのですが、京都からわざわざ参加してくださるという盛況ぶりでした。今年も昨年と同様、栄光ある津市長杯を獲得されたのは、4年生のかわいいお嬢さんでした。昨年も参加者の英語力のレベルの高さに驚きましたが、今年は一層レベルアップしていました。小学生から英語をスタートすることは必要だと、改めて感じました。
    EECの皆さん、そして「Let's Enjoy English!」のお手伝いの生徒の皆さん、セントヨゼフの代表として、よく心を砕いておもてなしをしてくださってありがとうございました。

    津市にも土砂災害が生じ、その対策本部長の市長様は、表彰式にお越しになれなかったのですが、野口副市長様が駆け付けてくださいました。前葉市長様からは後でお電話をいただきました。市長様ご自身、英語はTOEICテストで900点以上をお持ちの英語好きな方ですので、今回も英語でスピーチを準備してくださったようで、参加できなくなられたことを残念に思われ、「来年はぜひ行きますよ」とおっしゃってくださいました。

    地域の方のお役に立てるよう、今、学園では小学生対象の「英語スピーチコンテスト」を開催したり、小学校に出かけていって英語の授業をさせていただく「Let's Enjoy English!」に力を入れています。

    津市から三重県へ、そして日本から世界へと、「出逢い」の場を広めていくためには、tool(道具)としての共通語が、必ず必要です。英語は、そのtoolのひとつです。

    そして、セントヨゼフには、この英語力を伸ばすチャンスがあふれています。3人の留学生や3人のネイティブの先生方と話すチャンスは毎日あります。チャンスは前からしかつかめないと言われています。過ぎてしまってからでは遅いのです。毎日、セントヨゼフという空間で過ごす一瞬、一瞬に感謝して、chanceにtryして、change(成長)していきましょう!

  • 2011年09月02日2011年9月2日の朝の祈り

    おはようございます。
    8月30日から9月5日までは防災週間,昨日は防災の日でした。東日本大震災では予想を上回る大津波によって非常に大きな被害が出ました。このような経験から私たちはいろいろなことを学び,近い将来起こると言われている災害から命を守り,被害をより少なくするための備えをしておかなければなりません。
    内閣府のホームページには,「一日前プロジェクト」というサイトがあります。「もし災害の一日前に戻れるとしたら,あなたは何をしますか」ということを,実際に災害にあった人から聞き取り,サイトに掲載しています。被災直後の行動や体験を通じて上手くいったと思うこと,失敗したと思うこと,もう一度災害が発生したら次はどのように行動したいか,日頃から何を準備しておけばよかったと思うかなどの話しを聞かせていただき,そこから導かれる教訓や身につまされる話をエピソードに取りまとめる活動です。このエピソードを広く活用・普及させることで,国民一人ひとりの防災・減災への関心や意識を高めることを目的としています。「一日前プロジェクト」のエピソードを,もし自分が災害にあったらどうするか…というように自分に置き換えて読み,災害対策のヒントにしてほしいと呼びかけています。
    災害に対する備えとして,今のうちに何をすべきなのかに気づいたら,その気持ちを忘れないうちに,すぐに行動に移すことが重要なことです。また,災害に対する関心を維持するために,時々,家族で話し合うことも大切なことですね。
    さて,このサイトを見た後で気づいたことは,「一日前プロジェクト」は災害時に限ったことではないなということでした。「備えあれば憂いなし」備えを充実させるためには,学ぶことが大切ですね。