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  • 2012年09月29日2012年9月29日の朝の祈り

    先日、この夏休みに、フィリピン研修に参加した5年生12名の生徒の皆さんからの報告会に、参加させていただきました。それぞれが、初めて触れたフィリピンでの文化交流や実態について、それはそれは熱く語ってくれました。その内容については、改めて全校生への分かち合いが計画されていますので、10月11日の集会を楽しみにしていてください。

    私は、今回このフィリピン研修に参加し、報告をしてくれた一人ひとりの成長ぶりに感激しました。それぞれが、直接肌で感じたことやこれからの生き方などについて、しっかりと自分の言葉で、自分の考えで、私たちに語ってくれました。中学から高校にかけて本当に成長したなあと、胸が熱くなりました。

    中学から高校にかけて、多くの失敗やさまざまな経験を重ねながら、クラスとしての結束力を高め、学年意識が形成されていく中で、お互いに良い影響を与え合うような環境になったことで、個人としての精神的な成長に結びついたのだと思います。今回のチャレンジ、トライをこれからの生活に積極的に活かしていって欲しいと願っています。

    <ローマ人への手紙 第12章>を紹介します。

     世間で誰もがしている習慣になじんではならない。
     昔からの因習に染まって生きていてはならない。
     これまでの考え方を変え、神を求めてみよ。
     神が何をしたがっているのか。神の目から見た善とは何か。
     神の望む完全とはどういうことか。
     それらを知ろうとせよ。
     頭を変えよ。自分を変えよ。

  • 2012年09月28日2012年9月28日の朝の祈り

    今では教壇に立ち授業を行い、試験問題を作り、生徒の皆さんを毎日勉強に駆り立てている私にも、学生時代がありました。

    学校から帰り、一人過ごすテスト期間中の夜は、皆さんと同じように思うように勉強の内容が理解できないことに不安を抱いたり、やる気を起せない自分へ腹を立てたりと、それは憂鬱な日々を送っていました。
    不安に負けてしまい、漫画やテレビの世界に逃げ込んだり、教科書を閉じて現実逃避し、早めに床につくということも度々でした。いま、当時を振り返ってみると、皆さんのお手本となるような学生ではありませんでしたね。

    そんな翌日の日は、学校に着くと心は恐怖で一杯。しかし、その恐怖の内容は、満足できる結果を残せないことに対してではなく、きちんとやるべきことを最後まで果たせなかった自分に対しての後悔であったといえるでしょう。

    私は、あるとき気がつきました。試験のその場に持っていけるのは、頭に詰め込んだ知識ではなく、一生懸命できる限りの努力をはたしたという自信だけである、ということにです。

    覚えたことを思い出せなかったり、いつもは出来るはずのことが緊張で出来なくなってしまうのは、人間であれば誰にでも起り得ることです。そんなとき、知識とはとても不安定なものであることを感じさせられます。しかし、自分にとって最大限の努力をしたという達成感・満足感は、緊張する場面においても決して人を裏切ることはありません。

    【コリントの使徒への手紙1第10章13節】
    あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。


    私はこの“逃れる道”とは、私たちの最大限の努力にっよって切り開かれるものだと思います。

  • 2012年09月27日2012年9月27日の朝の祈り

    おはようございます。
    今朝は,私が出会った一冊の本を紹介します。
    本の題名は,『置かれた場所で咲きなさい』
    著者は,渡辺和子さん。
    この方のお父様は,渡辺錠太郎といって,
    日本史を選択している人は,教科書に登場する人物ですので知っていますね。
    渡辺錠太郎は,1936年の二・二六事件で殺害された当時の教育総監です。
    教育総監とは,日本陸軍の教育をつかさどる役職のことです。
    当時9歳であった娘の和子さんは,1mと離れていないところで
    その銃撃を目の当たりにし,大変な衝撃を受けたそうです。
    この方こそ,現在,多方面で活躍されているシスター渡辺和子です。このような幼少期の体験やその後のご経験からのシスターの言葉は心に響きます。
      
    本の中から紹介します。

    (本から引用)

    定期試験を目前にした今,置かれた場所で咲くために,今日一日を精一杯過ごしましょう。

  • 2012年09月26日2012年9月26日の朝の祈り

    私は、夏休みに生徒たちとカリタス・ジャパン釜石ベースでボランティア活動に参加いたしました。その時には、すでに1年5ヶ月が経っていたので、復興しつつある東北を見ることができると想像して行きました。ところが、山田町も釜石も2011年の夏休みに行った時とさほど変わらない光景に、私は愕然としました。

    建物はまだ、被害を受けたそのままの状態で置かれていました。建物を見ると、戦争を知らない人が爆撃を受けたらこのようになるのでは…と予想されるような、被害を受けています。私たちの想像を絶するような状況で、たいへん恐ろしく怖い体験であったことを建物を見るだけで感じてしまいます。

    私たちが行った山田町第一保育所の所長さんから、3月11日この保育所に106名の園児がいたこと、そして全員無事に避難できたが、その後安否確認をしたところ1歳児・3歳児・5歳児の3名が保護者に引き渡した後に亡くなっていたことがわかり、悲しみにつつまれたことをお聞きしました。そこから、この教訓として「安全なところに避難できているときには、子供も保護者もとどまっていただく」「想定外を想定する」ということを教えていただきました。

    8月31日にフィリピン沖で地震があり、日本の太平洋岸の広い範囲に津波注意報が出ました。翌日、私たちの宿泊していた釜石ベースにも、午前2時に裏のお寺へ全員避難したという情報をいただきました。その避難は、実践さながらの真剣なものだったそうです。東北では、あの日の教訓から二度と同じ道を歩まぬように、さらに徹底した防災訓練がされているというお話を聞きました。

    私たちも、3月11日に東北のみなさんが受けた被害や苦しみに寄り添い、忘れないようにしたいものです。

    「第一コリントの信徒への手紙 」(Ⅰコリント12:26)
    「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。」
    東北の人たちの喜ぶ日が私たちの喜びにかわっていくことをお祈りします。

  • 2012年09月24日2012年9月24日の朝の祈り

     9月も最後の週になりました。「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが,朝夕はすっかり凌ぎやすくなりました。最近は夜空の星の透明感や,秋の虫たちの大合奏が見事です。周りの風景の移り変わりに季節の流れを感じる今日この頃です。
     先日の集会で,皆さんの先輩である教育実習生が,『ヨゼフ生として大切にしてほしいこと』と題して,一人ひとり心を込めて皆さんへメッセージを贈ってくださいました。その一つに「後悔しないように,勉強できるときにしっかり挑戦してください。」というのがありました。第2回定期テストが来週火曜日から始まります。今からよく計画して,あなたがいただいている可能性を100%生かせるよう準備していきましょう。中途半端な姿勢ではなく,『とことん』真剣に取り組むことに意味があるのです。自分なりに最大の努力を払ってください。
     将来どのような困難に出会ってもそれを乗り越えていく力強い意思を,真剣に勉強に立ち向かうことによって培っておきましょう。今朝は念願のソフトボール部優勝という嬉しいニュースもありましたように,最近クラブ活動で,結果としては敗退であっても最後まであきらめないで試合に臨んでいる皆さんの姿勢を耳にするのはとても嬉しいことです。もうひとがんばりです。続けてチャレンジし続けていってください。
     まじめに真剣にこつこつ努力している皆さんは輝いています。

    今日はマザーテレサのことばでお祈りしましょう。
    ―大切なことは,たくさんのことを成し遂げることでも,何もかもすることでもありません。
     大切なことは,いつでも何に対しても喜んでする気持ちがあるかどうかなのです。―

  • 2012年09月21日2012年9月21日の朝の祈り

     おはようございます。
     今日はさわやかな秋らしい日になりました。萩の花が咲き、道沿いには真っ赤な彼岸花が咲き始めました。明日は、秋分の日ですね。「祖先を敬い、亡くした人をしのぶ」ことを趣旨とした国民の休日です。
     さて、今日は、「いい加減の大切さ」ということについてお話ししたいと思います。
    「いい加減」という言葉から、ほとんどの人は、「でたらめ」とか「無責任」といったマイナスのイメージを持ちます。しかし、この「いい加減」という言葉には、もう一つ大切な意味が含まれています。それは漢字で書くと「好きな加減」、「好みの加減」と書いて「いいかげん」と読みます。
    その意味は、たとえば「お風呂の湯加減はいかがですか?」と聞かれて、「ええ、ちょうどいい加減です」と答えるときの「いい加減」であり、その人が心身共に最良で、幸せを感じるレベル、感覚をいいます。自分のからだと心が、「最も心地よい」と感じる状態ですね。実はこの「いいかげん」の感覚は、大脳の前頭前野というところを活性化し、怒りやキレルという行為につながる働きを抑制する作用があるそうです。つまり、「いいかげん」は心地よさを感じるだけではなく、その人に落ち着きや優しさをも与えるものなのですね。
     この「いいかげん」の感覚は、人によってかなりの違いがあります。一人ひとりにとっての「ちょうどいいかげん」は教科書や人からは学べません。その人の中で、たくさんの「いいかげん」を頭で考えるのではなく、多くの体験から身につけていくものなのです。自分で挑戦レベルを上げたり下げたりしながら実際に経験する中で、自分にとっての「ちょうどいいかげん」を見つけることが大切です。
    このたくさんの「いいかげん」を身につけることが、生きる力を育てる大きな要素になるのではないでしょうか。しかし、近頃では、社会も個人も、「がんばれ」「がんばる」といった強さが求められ、少し息苦しい社会になり、多くの人がストレスを感じています。
     硬くて強いものほど折れやすいですが、弱くても、柔らかくて、しなやかなほうが折れにくいですね。
    折れそうで折れないしなやかな、ほどよい「いいがげん」が求められているのではないでしょうか。
     それでは、今日一日皆さんにとってよい1日でありますように。

  • 2012年09月20日2012年9月20日の朝の祈り

    先週の土曜日9月15日には、セントヨゼフの創立者シスタ-ア-ミナの追悼ミサがありましたね。たくさんのお花の中で、やさしくほほえむシスタ-の写真が印象的でした。この日は生きていらっしゃったら満100歳のお誕生日だったということもあり、私は何か晴れ晴れとした気持ちでミサに参列していました。
     
    ミサが終わり、2限目の授業に向かう途中で、ある生徒が「ミサの最中に泣きそうになった」と、それこそ泣きそうな顔で話してくれました。また、別の生徒は「シスタ-とは会ったことはないけれど、会ったことのあるような感じになりました。とても身近に感じて涙が出そうになりました」と教えてくれました。
     
    シスタ-の生前を知らない私にとって2ヶ月前のシスタ-の死は悲しみを伴うものというより、むしろ「シスタ-ありがとう」という感謝の気持ちしか起こらなかったのですが、シスタ-を身近に感じて、その死を悼む、生徒のみなさんの、やさしい、やわらかな感性にはっとしました。

    そして、本当にシスタ-は天国から私たちがセントヨゼフの一員であるということだけで無条件に愛し、見守ってくださっているんじゃないかなと感じました。

    聖書の中に「心の清い人は幸いである。その人たちは神をみる」というみ言葉がありますが、この生徒たちのやさしい心を通して、今、そのみ言葉を少し感じています。

  • 2012年09月19日2012年9月19日の朝の祈り

    おはようございます。
    今日はこの夏出会った素敵な卒業生の話をしましょう。 彼女は子育てが一段落した数年前から、英語を勉強しようと思い立ったそうです。そんな彼女は私に「先生本当にお久しぶりです。私は今、二十数年前にヨゼフで受けた英語教育にとても感謝しています。ヨゼフで教えていただいた英語の基礎知識が今になってもどこかに残っていて、勉強し始めた頃、その内容が机の引き出しを次々と開けるように出てくるのです。中学生のときはあんなに嫌で苦労したのにと思うと嘘のようです。勉強って少しわかるとまた、それが励みになって力が入ります。昨年は職場と家庭の協力を得てイギリスに一人で1週間ホームステイしてきました。また、行くつもりです。」
    と生き生きと近況を話してくれました。何歳になっても勉強したいという思いや、自分のやりたいことを見つけてそれに向かって努力する姿は素晴らしいですね。

    今日はルカによる福音書の中から「探し求める人にだけ与えられる」という言葉を紹介しましょう。

    「 探し求める人にだけ与えられる」
    欲しいものがあるならば、求めよ。
    あきらめることなく求め続けよ。
    そうすれば与えられる。
    見つからないならば、探せ。徹底的に探し続けよ。
    そうすれば発見できる。
    閉まっているならば、叩け。戸を叩き続けよ。
    そうすれば、やがて開かれる。
    このように、探す人が見出し、叩く人だけに戸は開かれる。
    求める人にだけ与えられる。

    それでは今日もよい一日を過ごして下さい。

  • 2012年09月14日2012年9月14日の朝の祈り

    When I was a student, we had a school assembly (kowa) every day between morning home room and first lesson. The teachers all sat up on the stage, and we sat on the floor and listened. It was very formal. There were messages, announcements, and results of sports events. We sang a hymn every day, said the Lord's Prayer together and listened to a different teacher every day read something from the Bible. My favorite book of the Bible was always the book of Proverbs in the Old Testament. It's very easy to read, and it's full of wise, simple words and brightness and sunshine, and even a lot of comedy!

    There are many things I don't remember from when I was at school, especially chemistry and mathematics. I'm sad to say that I've forgotten almost everything about chemistry. What is a mole of atoms? Don't ask me. I have no idea. I never understood. I am ashamed to say that I never got more than 22% on any chemistry test. My chemistry teacher was called Mr. Spencer. When he gave tests back, he used to look at me over his little glasses, sigh, and say, in a sad, tired little voice, "Douglas, Douglas, Douglas. Your brains are made of jelly, boy." Mr. Spencer was about 120 years old, crazy mad, and very interesting. My school was a boys' school, and Mr. Spencer taught me and my friends many things about how to be gentlemen. We loved him, and I will never forget him. There are many things in your textbooks that you will forget, too. But you won't forget your teachers, or the lessons we tried to teach you about life.

    My message this morning is for our practice teachers. In the month of September, graduates of St. Joseph return to our school as practice teachers. In the Bible, in my favorite book of Proverbs, Chapter 22, Verse 6. It says this: "Teach a child how he should live, and he will remember it all his life." Be kind and fair, and your students will learn kindness and fairness from you. Be strict, and they will learn to be strict with themselves, and good to each other, and your future lives as teachers will be filled every day with joy and happiness. Remember - textbooks and tests are not everything. I was bad at chemistry, but I always knew that Mr. Spencer liked me and cared about me.

    And finally, for you St. Joseph students, the book of Proverbs has this message. Chapter 23, Verse 12. It says, "Pay attention to your teacher, and learn all you can." That's important, too! Let's all do our best every day; students - learn all you can; teachers - teach all you can, and we can all live happily ever after.

  • 2012年09月13日2012年9月13日の朝の祈り

    皆さんは、将来の目標や夢をたくさん持っていますか?
     私自身も、自分の年齢に応じた目標を持ち、一歩、一歩自己実現に向けて、取り組んでいます。
    皆さんも、中学生、高校生の時期にしかできないことが絶対にありますので、しっかり計画を立てて、挑戦していって欲しいと思います。
     しかし、目標や夢は、人それぞれで違います。競争ではありません。
    目標を達成するために、集中して短期間で力を出す人もいれば、コツコツ時間をかけて持続的に力を出す人もいます。ですので、あせらなくても大丈夫です。
    ただ、一番いけない事は、何も挑戦しない事です。
    「迷っていたら、思い切って挑戦して下さい。そして、自分の持っている力を最大限に発揮して下さい。」そこから、人生が変わることもあります。
    挑戦して、失敗することもあると思いますが、必ずその失敗から学ぶことがあります。
     これから、皆さんには、将来の目標、自己実現に向けて、いくつかの困難や試練が待ち受けていますが、そこから逃げずに、乗り越えて行って欲しいと思います。
    ソフトバンク・ホークスの王貞治会長が、聖書の言葉で「神は、耐えられない試練に会わせることはない」と言われています。言い換えれば、私達の目の前に立ちはだかる試練は、すべて乗り越えられるものと言うことです。
     皆さん、自分自身の目標達成のために、思い切って挑戦し、神様より与えられた試練を必ず乗り越えて下さい。そして、学生時代を振り返った時、後悔がないように、全力でセントヨゼフでの生活を送って下さい。

  • 2012年09月12日2012年9月12日の朝の祈り

    今日は、顔について少し考えてみましょう。

    みなさんの顔は丸いですか、それとも細長いですか。鼻は高い方ですか、低い方でしょうか。おでこが広いとか、耳が大きいとか、人はそれぞれ違った特徴を持っています。そうした顔の形、目鼻の様子のことを「顔だち」といいます。

    顔だちは、私たち一人ひとりが両親や先祖から受け継ぐものであり、神さまが与えてくださったものですから、私たちは自分の顔に自信を持ち、また感謝もしなければなりません。顔だちはひとり残らずみなユニークで美しいものです。

    一方、「顔だち」とよく似た言葉に「顔つき」があります。明るい晴々とした顔つき、幸せそうな顔つき、暗い感じをあたえる顔つき、不平不満にみちた顔つき、とにかく顔つきも人によって様々です。

    でも大切なことは、顔だちは神からいただいたものですが、顔つきは私たちが自分で作り出しているものだ、ということです。生活のしかた、心の状態はふつう、かなりはっきりと顔つきに表れるものです。

    シラの書 13章より 
    「心がその人の顔を作るものだ。良い顔にも、悪い顔にも。その人の心が喜びで満ちているならば、顔つきは明るい。」

    今日一日も、たくさんの「良い顔」に出会えることを楽しみにしています。

  • 2012年09月10日2012年9月10日の朝の祈り

     昨日の9月9日(日)三重県文化会館中ホールにて
    ~セントヨゼフ女子学園 高等学校同窓会 50周年記念コンサート~
    が開催されました。レベルが高くすばらしい音楽の音色は,今も私の心の中で響いています。在校生からは,ハンドベル部のみなさんが,いつもにも増して美しい演奏をしてくれました。ありがとうございました。
     前葉津市長様もお越しくださいまして,私たちセントヨゼフを励ます力強いスピーチもいただきました。神様がここまでずっと導いておられるこの大きな恵みに感謝の一日でした。

  • 2012年09月07日2012年9月7日の朝の祈り

    先日、ある6年生に廊下で、「受験が始まるよー」と声をかけられました。「誰もがみんな通る道!」と強そうなことを言いましたが、ふと、自分の大学受験のことを考えてみると、受験だけではない、色々な辛いことが重なっていた高3の冬は、私にとっても大変な時期でした。それを乗り越えられたのは、親、先生、そして何より今でも何かあると電話や、スマートフォンの画面3枚分ものメールを送ってくれる友達がいてくれたからだと思います。

    昨日も、3年生の放課後の教室には、実力テストの問題の解き直しに、2人、3人、4人と知恵を出し合って取り組む姿がありました。

    今朝は旧約聖書のコヘレトの言葉、4章9節からを読みたいと思います。

    ひとりよりもふたりが良い。
    共に労苦すれば、その報いは良い。
    倒れれば、ひとりがその友を助け起こす。
    倒れても起こしてくれる友のない人は不幸だ。
    更に、ふたりで寝れば暖かいが
    ひとりでどうして暖まれようか。
    ひとりが攻められれば、ふたりでこれに対する。
    三つよりの糸は切れにくい。

  • 2012年09月06日2012年9月6日の朝の祈り

    今朝は「コリントの使徒への手紙 13章 11節」を紹介します。

    「幼子だったとき、わたしは幼子のように話し、幼子のように思い、幼子のように考えていた。成人した今、幼子のことを棄てた。」とあります。これは、「子どもであった時には、子どものように語り、子どものように考え、子どものように論じました。わたしが大人になってからは、子どもじみた事柄を捨て去ってしまいました。」と言い換えられます。

    中学生や高校生の皆さんは、世間的に見ればまだまだ子どもとして扱われる年頃です。けれども、その一方で大人になることを求められ始める年頃でもあります。この一節の中では、「大人」になるためには「子どもじみた事柄」を捨て去らなくてはいけないと言っています。
     「もっと大人になろう」と思うようになったとき、そのために捨て去らなくてはいけない自分自身の「子どもじみた事柄」について考えてみることが大きな助けになるかもしれません。

    今日一日が皆さんにとってよい日となりますように。

  • 2012年09月04日2012年9月4日の朝の祈り

    皆さんは夏休み中に、日頃できない勉強に力を注いだり、部活動に思い切り汗を流したりしたでしょう。また、ある方たちは東日本被災地である釜石に出かけてボランティア活動をしたり、韓国やフィリピンでの研修に参加したりして貴重な体験をしました。そしてその生徒さんたちは、自分たちの体験を皆さんに分かち合うために、よく準備して発表してくれました。参加できなかった人も、その活動の話を聞いていろいろと学んだと思います。皆さんが実行したことや体験したことは、必ずこれからの力になると信じます。

    今朝は、この夏に私が見つけた大きな喜びを分かち合いましょう。皆さん、新しくなった図書室に行きましたか。何が変わったでしょうか。タイルのはがれた床や色あせたカーテンが新しくなりましたね。とても明るく、気持ちよくなり嬉しいですね。図書室をよく利用し、集中して勉強する力を身につけてくだされば嬉しいです。

    もうひとつ大きく変わったことは、書棚の大きさや位置、並び方です。気がついたでしょうか。短期間に書棚を移動するために、本を全部図書室の外に運び出さなければなりませんでしたし、工事が終わり次第、出した本をまた元に戻すという大変な作業が必要でした。この面倒な仕事を、図書係の生徒さんだけでなく、ボランティアの生徒さんたちも一緒に、毎日暑い中、もくもくと作業をしてくれました。自分たちにもしたい事があったと思いますが、嫌な顔もせずに気持ちよく働く姿を見て、私はそこに「愛と奉仕の精神」が生きているのを感じ、大きな喜びと誇りを感じたのです。

    きっと皆さんは、他のことでもいろいろな場で同じようにヨゼフのSchool Spiritを発揮してくれているのだろうと思い、とても嬉しくなりました。

    天使たちが羊飼いたちにキリストの降誕のGood Newsを告げ知らせた時、天使たちは「地には善意の人に平和あれ」と言いました。私も「愛と奉仕の精神」を実践している善意のある生徒さんたちに、神の祝福と平和をおくりましょう。

    喜びと希望をくださった生徒さん、ありがとうございました。

  • 2012年09月03日2012年9月3日の朝の祈り

     小学生にとっては夏休み最後の日である昨日,セントヨゼフでは「市長杯・小学生英語スピーチコンテスト」が開催されました。三重県下の72名の4年生から6年生の小学生が,日頃の練習の成果を見せてくださいました。EECの皆さんの「おもてなし」の心は抜群でした。ありがとうございました。
     今年は3回目でしたが,年々レベル・アップしており,すばらしいプレゼンテーションでした。もちろん前葉 津市長様もお越しくださり,最後に英語でのスピーチもいただきました。前葉市長様は,最近シンガポールで開催された「市長会議」に出席されたようで,100人余りの市長様方と親しくお話しできた幸せな経験を話され,国や文化は違っていても,共通語の英語力を持っていることの大切さを教えてくださいました。
     スピーチに参加した一人の女の子は,途中で暗唱文が出てこなくなり,本人はもちろん私たち聞いている人も「がんばって!」という気持ちで一杯でした。その子はつまりながらも最後まで辿り着きましたが,制限時間3分はオーバーしてしまいました。けれども,その時の拍手は一段と大きかったように思います。予選終了後,申し訳なさそうにお父さんのもとに戻るその子には「あきらめずに最後までよくがんばりましたね。すばらしいことですよ。」とお伝えしました。
     さて,今日は皆さんが最後までがんばる日ですね。試験は今自分がどこに立っているのか,どこまでわかっていて,どこがまだ手薄なのかをチェックするチャンスです。Chanceに全力でTryする時にChangeが生まれるのでしたね。
    聖書のテモテへの手紙(Ⅱ,4章7節)の中に
    ―わたしは,戦いを戦い抜き,決められた道を走りとおし,信仰を守り抜きました―
    というパウロの言葉がありますが,この戦いというのは,自分との戦いなのだという気がします。今日一日全力でTryし,自分の「立ち位置」をしっかり確認いたしましょう!

  • 2012年09月01日2012年9月1日の朝の祈り

    今日は、聖書で「自分を変える」ということについて書かれている部分を紹介したいと思います。「ローマ人への手紙 第12章」の一節に

    世間で誰もがしている習慣になじんではならない。
    昔からの因習に染まって生きていてはならない。
    これまでの考え方をまったく変え、神を求めてみよ。
    神が何をしたがっているのか。神の目から見た善とは何か。
    神の望む完全とはどういうことか。
    それらを知ろうとせよ。
    頭を変えよ。自分を変えよ。

    とあります。みなさんにとって「自分を変える」ポイントとは、生活習慣と学習習慣の見直しだと思います。毎日規則正しい生活をし、学生の本分である学習に目標を持って取り組むことによって自分を変え、自分を高めることができるのです。

    今週から後期がスタートしました。前期に学習習慣が思うように身に付かなかった人、夏休みをなんとなく過ごしてしまった人は、今日9月1日を境に意識を持って自分を変えてみたらどうでしょうか。きっと充実した後期になると思います。