学園のご案内
学園生活
部活動
ヨゼフ・ナウ
校長コラム
What's New
国際交流
International Exchange
進路
朝の祈り
受験生の皆様
学園へのアクセス

朝の祈り

2017年
12月
11月
10月
09月
08月
07月
06月
05月
04月
03月
02月
01月
2016年
12月
11月
10月
09月
07月
06月
05月
04月
03月
02月
01月
2015年
12月
11月
10月
09月
08月
07月
06月
05月
04月
03月
02月
01月
2014年
12月
11月
10月
09月
08月
07月
06月
05月
04月
03月
02月
01月
2013年
12月
11月
10月
09月
08月
07月
06月
05月
04月
03月
02月
01月
2012年
12月
11月
10月
09月
08月
07月
06月
05月
04月
03月
02月
01月
2011年
12月
11月
10月
09月
07月
06月
05月
04月
03月
02月
01月
2010年
12月
  • 2012年11月26日2012年11月26日の朝の祈り

     この週末の"long weekend",皆さんはどのように過ごしましたか。定期試験前で,昨日の日曜日は久々にクラブ活動も学校行事もなく,校庭はひっそり静まり返っていました。風もなくとても穏やかで抜けるような秋空のもと,私は日溜まりを楽しんでおりました。
     普段走っているときには見過ごしがちな,秋の色合いを味わいながら殊に木々の紅葉の色合いの中に,緑・黄色・オレンジ・赤と徐々に変化する微妙な色彩は,太陽の光を透かしてみると,また一段と趣がありました。季節の移り変わりの内に,秘められているメッセージを味わう心を,いつも忘れないでいたいと思った一日でした。
     さて,皆さんは明日から第3回定期試験にチャレンジしますので,今朝は先日ご講演いただきましたシスター渡辺のお言葉を味わってみましょう。シスターは,私たちが自分自身の怠け心と戦うことをお勧めになられ「人は自分の怠け心と戦わない限り,自由にはなれません」とおっしゃっておられました。そして私たちがともすると陥りがちないい加減な生き方から抜け出て,凛とした心を大切にする生き方を,次のような言葉でお話しくださいました。
      「したくても,してはいけないことは,してはいけないのです。
       したくなくても,しなければいけないことは,チャレンジします。」
    このように「がまんできるかどうか」が,心を持っている人間として私たちに問われているのです。
      「したいことは,します。
       したくないことは,しません。」
    これでは,心をいただいている私たち,人としての特性が全く生かされていませんね。
     明日からの試験を,「しなければならないことは,しっかりやります!」の姿勢で臨んでみてください。毎日の授業を受けてきた皆さんが,それぞれの教科で,自分はどこに立っているのかを見せてくれるのが試験です。全力でチャレンジしてみましょう!

  • 2012年11月22日2012年11月22日の朝の祈り

    みなさんは現在、来月11日に行われるクリスマス合唱コンクールの練習に励んでいることと思います。コンクールへの意気込みも人それぞれあることでしょう。一つだけ大切にしてほしいことがあります。それは毎年行われる合唱コンクールも実は同じメンバーで歌うのは一度きりですので、ひとりひとりが心から全力で練習のときも本番のときも歌うことです。そうすれば、活動の中で何かきっと素敵な思いが皆の心に生まれるはずです。

    『新約聖書』ローマの信徒への手紙 12章15節
    喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣け。

  • 2012年11月21日2012年11月21日の朝の祈り

    皆さんおはようございます。テストが迫り、疲れていると思います。
    今週金曜日23日は、勤労感謝の日と言うことを知っていますね。
    家族に感謝するのはもちろんですが、今日は学校生活において、気持ちよく過ごすために動いてくれている人達への「感謝」を考えてみましょう。

    私の、朝からの一日で振り返ってみます。

    あたたかい教室や職員室にしていただいて、ありがとう。
    元気に登校してきてくれて、ありがとう。
    教室や廊下に綺麗な花を飾ってくれて、ありがとう。
    授業が終わった後、黒板を消してくれて、ありがとう。
    授業の始まりと終わりに、ドアを開閉してくれて、ありがとう。
    教室や廊下を綺麗にしてくれて、ありがとう。

    これだけでなく、振り返って、思い返してみると、毎日の中でたくさんあることに気付きます。皆さんも気付きませんか。その方達が何気なくしてくれていることでも、していただいている私達にとっては「ありがとう」と感謝すべきだと思います。テストやいろいろな行事で忙しい時でも感謝の気持ちを忘れず過ごしましょう。

    マザー・テレサ 愛の言葉 より
    「報いを求めない働きこそ 人を育て くつろがせ 平和をもたらすのです」

  • 2012年11月20日2012年11月20日の朝の祈り

    土曜日の午後、本校で、三重県の私学に通う生徒の保護者のために、シスター渡辺の講演会が開催されました。雨にもかかわらず大勢の方が来てくださいました。それに先立って、シスターは、皆さんにも心に残るお話をしてくださいました。後で、シスターは「生徒さんはとても礼儀正しくいい態度でよく聞いてくださいました」と褒めてくださいました。それは当然のことですが、私は嬉しくなり、皆さんのことを誇らしく思いました。

    シスターの温かいお人柄が穏やかな表情に表れていましたが、シスターは「ほほえみ」について度々語られ、皆さんにも話されましたね。著書の中には、シスターからほほえみの大切さを聞いた生徒さんの言葉が書かれています。

    ~引用開始~
    大学に在学中、私はいやというほど、シスターからほほえみの大切さを聞きました。でも、右の耳から左の耳へと聞き流していました。ああ、きれいごとだと思っていました。でも、ようやくほほえみの持つ意味がわかりました。つまり、生きている自信を失っている人に、生きる自信を与えるほどに、ほほえみというものには力があるのだということがやっとわかったのです。
    ~引用終了~

    かつて本校の近くに、三重高校の校長先生が住んでおられました。その先生が、朝登校して来る生徒を見て、「ヨゼフの生徒のほほえみが美しい」と話してくださいました。今もそうあってほしいと思います。ほほえみを惜しまないでください。シスターから頂いたメッセージを実りとして、学校を明るくしていきましょう。

    今日の聖書のことば
    「木の良し悪しは その結ぶ実で分かる(マタイ12章33節)」

  • 2012年11月19日2012年11月19日の朝の祈り

    "Bloom where God has planted you." 「神が植えたところで咲きなさい。」

    この詩は次のように続きます。
    「咲くということは,仕方がないと諦めるのではなく,笑顔で生き,周囲の人々も幸せにすることなのです。」

     この詩からとられたタイトルの『置かれた場所で咲きなさい』というシスター渡辺和子のご本は,今70万部を突破し,今年のベストセラーNo.1になるそうです。
     そのシスター渡辺のお姿を拝見し,15分程度という短い時間ではありましたが,マザーテレサの生き方とクリスマスへの心の準備について伺うことができたのは,幸せなことでしたね。皆さんがどんなに感動し,よく聴いてくださったかを,午後の講演会にいらしたお母様方から伺い,とても嬉しく思いました。
     午後の私立学校保護者会連合会の講演会も,あの悪天候の中,約400人余りの方々がお越しくださり,1時間半に及ぶシスター渡辺の『心の教育と親の役割』をテーマとしたご講演に耳と心を傾けてくださいました。そしてお帰りには「来させていただきまして,本当に良かったです」と喜びのうちにお礼の言葉を残してくださいました。連合会の講演会は毎年開催されておりますが,これほどたくさんの方々にお越しいただけたのは,久々だと思いますし,皆様に喜んでいただけたのが何よりと感謝しております。
     90分に及ぶご講演をシスター渡辺は凛として立ってお話くださいました。たたきつける雨の音もものともせず,朗々としたお声で力強く,現代の私たちがどこかに置き忘れてきている大切な「心」についてお諭しくださいました。
     シスター渡辺がはるばる岡山からお越しくださり,私たちの心に残してくださった"foot print"足跡は,また折に触れ皆さんとご一緒に味わっていきたいと思っておりますが,今朝は講演会の日,あの激しい雨の中でずぶ濡れになりながら,駐車場整理やご案内をしてくださいました,保護者会の方々,そして本校の先生方のお姿が,特に心に残っておりますことをお伝えしておきたいと思いました。目立たないところで人々に尽くされるお働きは特に尊く,人の心を打つように思います。

    今日の聖書のみ言葉は「コヘレトの言葉」からです。
     ―神の為さることは,すべて時にかなって美しい―  (コヘレト3章11節)

  • 2012年11月17日2012年11月17日の朝の祈り

    今日は皆さんにとって、忘れることができない「出会い」になるかも分かりません。

    岡山のノートルダム修道女会からシスター渡辺和子が来校され、皆さんのために特別にお話をしていただくからです。

    シスター渡辺の略歴を紹介します。1927年に、渡辺錠太郎教育総監の次女としてお生まれになりました。実に現在85歳です。

    9歳の時に、二二六事件で、わずか1mのところで父親が48発の銃弾を青年将校から受け、倒れるのを目のあたりにし、大変な衝撃を受け、その後18歳でキリスト教の洗礼を受けられています。

    29歳でノートルダム修道女会に入会し、アメリカ留学、ボストンカレッジ大学院で博士号を取得したのち、36歳という若さで岡山県のノートルダム清心女子大学の学長に就任。長年にわたり教壇に立たれ、学生の心を支え指導されました。1990年にはノートルダム清心女子大学の名誉学長、及びノートルダム清心学園の理事長に就任。1992年には日本カトリック学校連合会理事長に就任し、現在にいたってみえます。

    一方で、1984年にマザー・テレサが来日した際には通訳を務められ、講演会やTV出演など多方面で活躍されて、著書も多数執筆されています。特に「置かれた場所で咲きなさい」は、発売1か月で11万部が売れ、現在は75万部を越えて、テレビ番組にも取り上げられ話題となっています。

    最後に、シスター渡辺の、優しくも、説得力がありとても心に響いた一文をいくつか紹介します。

    『ピーマンを好きになることは、私は決してないだろうけれど、
    ピーマンの価値は認めます。栄養もあれば滋養もある。
    相手のよい所や価値を認めれば、付き合っていける。』

    「『ていねいに生きる』とは、自分に与えられた試練を感謝すること。」

    「置かれた場所で咲きなさい。
    どうしても咲けない時には無理に咲かなくていい。
    根を下へ下へと降ろして、根を張るのです。
    次に咲く花が、より大きく、美しいものとなるために。」

    皆さん、今日のシスター渡辺との出会いを大切にしてください。

  • 2012年11月16日2012年11月16日の朝の祈り

    皆さんはほとんどの人が家族と一緒に暮らしているかと思いますが、私は三重県出身の人間ではないため一人暮らしをしています。そのせいか、家族がどれほど私にとって大切な存在であったかを身にしみて感じるため、倫理宗教の授業の中でも家族のことを話すことが、心なしか多いように思います。

    大切な人がただそばにいてくれるということは、それ自体が感謝すべきことなのだということを、家族と離れて生活するようになってからとても強く感じました。人は大切なものを失ってから気づくとよく言いますが、失わずに、気付くことが出来るのならそれに越したことはありませんよね。

    私の家族は、私が外出する時は玄関先でできる限り見送りをしてくれました。ある日家族がその理由を話してくれました。「あなたを玄関先で見送りをするのは、もし事故や災害が起こった時に、あなたの服装を覚えておくため。いつ何が起こるか分からないから、朝にあなたの無事を祈っているんだよ」と言われました。見送りの時に、そんなことまで考えてくれているとは思っていませんでした。思春期の時の私は、家族からの心配が自分のことを信頼されていないからだと思えて、どこか疎ましく思っていました。口数も少なく、家族にありがとうという感謝の気持ちをどれほど言えたかなと思い返すことがあります。

    毎日皆さんのご家族が見送りをしてくれること、お弁当を作ってくれること、そばにいて話を聞いてくれること、そのような当たり前のように感じがちな日常は、実は当然のことではなく感謝すべき特別なことだと思います。だから、出来るだけ自分の素直な気持ちを、その日のうちに家族に表現してください。ありがとう、ごちそうさまでした、今日のお弁当とてもおいしかった、どんな言葉でも構いません。皆さんが社会人になった時、家族に感謝の気持ちを伝えたくても、実家から離れて直接伝えられなくなる日が来るかもしれませんから。

    マタイによる福音書7章には次のように書いてあります。

    求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。
    だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。
    あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。
    魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。
    このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない。
    だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。

  • 2012年11月15日2012年11月15日の朝の祈り

    あなたにとって一番大切なものは何ですかと問われたら、何と答えますか。答えは人それぞれ違うと思いますが、ここで「お金」と答える人はたぶんあまりいないのではないでしょうか。

    私たちは、本当に大切なものは、プライスレス、お金では買えないことを知っています。しかし、お金に心を込めておくることができたり、お金で誰かを救うことができることも知っていますね。だから私たちはいろいろな目的で募金活動を行うのです。

    ウォーカソンやあしなが学生募金、クリスマス街頭募金など募金を募る側になったり、寄付をする側になったりとボランティアに取り組んでいます。そのような募金の中で、「赤い羽根共同募金」は集められた都道府県の中で地域の福祉のために役立てられるものです。たとえば、このお金は、お年寄りや障害のある方など、私たちの身近なところで助けを必要としている人たちを支援するための活動に使われます。

    私たちの学校では毎年この「赤い羽根共同募金」に協力していて、先日も「共同募金篤志寄付者」として三重県共同募金会から感謝状をいただきました。今年も是非協力したいと思っています。来週、HRで募金を呼びかける予定ですので、どうかご協力をよろしくお願いします。

    今朝の聖書の言葉はルカの福音書からです。
    「与えなさい。そうすれば自分も与えられます。」

  • 2012年11月14日2012年11月14日の朝の祈り

    私がこのセントヨゼフに来て半年以上が経ちました。これまでのヨゼフの行事の中で 印象に残っているのがマリア祭です。神父様が話された 「お母さん」という存在についてのお話を聞いて、小さい頃のことを思い出しました。

    今でこそ体は大きいですが、小さい頃は体が弱く、給食やお弁当もいつも残していました。小学2年生のある日、遠足に行きました。楽しいはずの遠足ですが、私にとっては憂鬱な時間でした。昼食の時間が始まると、友達は早々と昼食を済まして先に遊びに行ってしまいます。食べるのが遅い私は、いつも友達が遊んでいるのを見ながらお弁当をつついていました。

    まもなく帰る時間になり、結局また残してしまったお弁当に蓋をして しまおうとしたとき、一枚の小さな手紙が出てきました。そこには優しそうに笑う母の似顔絵と共に「たくさん食べて元気に遊んできてね」と書かれていました。

    そのとき初めて、今までいつものように残して捨てていたお弁当に、母のこのような気持ちが込められていたことを知りました。そしてそんな気持ちも知らずにずっと裏切ってきた自分が許せなくて、悔しくて、涙が止まりませんでした。その日は泣きながら帰ったことを今でも覚えています。小さいながら「母親の愛」というものを知った瞬間でした。

    みなさんもきっと日常生活の中で いつも当然のことのように思ってしまって気付かない、周りの人の愛があるはずです。それはいつもお弁当を作ってくれるお母さんだけではなく、いつも話しかけてくれる友達やいつもなにかと気にかけてくれる先生たちもそうです。

    日常には愛があふれています。みなさんは周りのたくさんの人に愛されています。
    今一度思い返してみて、それに気付いてください。そして感謝の気持ちを伝えてみてください。このことが聖書に言う、「隣人を愛する」ということだと私は思います。

    旧約聖書 箴言 第三章
    友人の優しさは、自分の考えにまさる。
    近い隣人は遠い兄弟にまさる。

  • 2012年11月13日2012年11月13日の朝の祈り

    わたしは今年、みえ高文祭の生徒委員会の引率や実行委員の仕事をしています。先月末の高文祭では三重県中の高校生のみなさんが、力を合わせて一つの行事を組み立てていくのを眺めて、いいなあと改めて思いました。それは、失敗を畏れない若さだったり、人の間に壁をつくらない素直さだったり、一生懸命さだったりです。中学高校と子どもから大人へ成長していく過程で、いろいろな機会を上手に生かして自分の成長の糧として欲しいなあと思ったのです。『人は早すぎず、遅すぎず、その時その瞬間に、出会うべくして誰かと出会うのです。』という言葉を聞いて、出会いは人とだけでなく、ものとも、事とも出会うのだなあ、そして子どもだけでなく大人になっても出会うことがいっぱいあるのだなあと改めて思ったのです。ただ通り過ぎる時を過ごさずに、出会うときが過ごせるといいなあ、そのときそのときを大切に自分の気持ちだけでなく、相手の気持ちを考えてすごせるといいなあと思うのです。傷つくのは自分だけでなく相手もです。そして子どもだけでなく大人も傷つくことがあるのです。お互いに思いやりをもって時間を過ごしたいです。
    今日もみなさんの出会いがよい恵みとなりますように!

    マザーテレサの愛の言葉より

     たいせつなのは、
     どれだけ
     たくさんのことを
     したかではなく、
     どれだけ
     心をこめたかです。

  • 2012年11月12日2012年11月12日の朝の祈り

     今朝は秋晴れの清々しい朝を迎え,昨日の雨風が嘘のようですね。昨日の悪天候の中,セントヨゼフでは修成地区の防災避難訓練があり,なんと730人余りの方が参加されました。私たちの全校集会よりもたくさんの方々が協力して集まられたのです。地域の方の災害とその対策への意識の高さに感心させられました。
     雨や風の中,傘をさしながら4つのグループに分かれて,AEDの使い方,仮設トイレの使い方,煙の中を通り抜ける体験,そして炊き出し非常食の実習etc.の訓練がありました。一人では歩行困難な方や車いすの方も参加しておられ,皆さん本番のように真剣に取り組んでおられました。
     私が「雨になってしまい,大変ですね」と申し上げると,「いやいや,地震や津波は,こんな雨の日にもくるかもしれないのですからいい訓練ですよ。」としっかり前向きにとらえておられ感心しました。自転車置き場のわずかに雨をしのぐ所があるのみで,傘をさしながらの2時間余り,寒い中をよく耐えられ,また黙々と坂道を歩いて帰られるお姿を拝見しておりますと,何か頭が下がる想いがいたしました。
     昨日は「3.11」から1年8ヶ月目にあたる日でもあり,東日本大震災を受けられた方々にも想いを馳せておりました。東北はここよりもっと寒いでしょうし,仮設住宅の生活も不便なことが多いことでしょう。その方々が必死で復興を目指して全力を尽くしておられるのですから,私たち一人ひとりもいただいているこの一日を感謝して,全力を尽くして過ごしてまいりましょう。
     今日の聖書からの御言葉は,昨日の日曜日のマルコによる福音書の一節からです。
    ―イエスは賽銭箱の向かいに座って,群衆がそれに金を入れる様子を見ておられた。大勢の金持ちがたくさん入れていた。ところが,一人の貧しいやもめが来て,レプトン銅貨二枚,すなわち1クァドランスを入れた。イエスは,弟子たちを呼び寄せて言われた。「はっきり言っておく。この貧しいやもめは,賽銭箱に入れている人の中で,だれよりもたくさん入れた。皆は有り余る中から入れたが,この人は,乏しい中から自分の持っている物をすべて,生活費を全部入れたからである。」―
    1クァドランスは,今でいえば100円位です。イエス様の眼差しはとても深く,その人の心の中まで見ておられますね。

  • 2012年11月09日2012年11月9日の朝の祈り

    大学の先生にいわれた言葉が、私の生き方を大きくかえました。

    「5分悩んで、決断できなかったら、迷わずやればいい。
      悩むためのエネルギーを使えば、難しいことでもできるかもしれない」

    いろいろなことに迷い、決断ができないことって、たくさんあります。そして、迷っているときは、とてもたくさんのエネルギーを使いますよね。あの、迷っているときの、頭の中が高速に回転する力を、ものごとを実行するための使ってみましょう。心配するのではなく、うまくいくことを信じて、一歩を踏み出してみましょう。きっと何かが起こるはずです。

    私も、この話を聞いて以来、「迷ったら、やってみよう」と思うように決めて、実践してきました。すべてがうまくいったわけではないですが、「あのとき、やっておけばよかった…」と思って後悔したことは一度もありません。皆さんも、余裕があれば、試してみてください。


    『マタイによる福音書』6章34節

    だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。

  • 2012年11月08日2012年11月8日の朝の祈り

    今日はルカによる福音書第10章30~37節を読みます。
    「ある人がエルサレムからエリコへ下っていく途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。ある祭司がたまたまその道を下ってきたが、その人を見ると、道の向こう側を通っていった。同じように、レビ人もその場所にやって来たが、道の向こう側を通っていった。ところが、あるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、近寄って傷に油と葡萄酒を注ぎ、包帯をして、自分のロバに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』さて、あなたはこの三人の中で、誰が追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」
    律法の専門家は言った。
    「その人を助けた人です。」
    そこで、イエスは言われた。
    「行って、あなたも同じようにしなさい。」


    先日、困っている友達に手をさしのべている生徒を見ました。今までにも様々な場面で、人の見ていないところでも誰かのために進んで行動している皆さんの姿を目にすることがよくあります。いつも感心するとともに、とても温かい気持ちになります。ぜひ今日も、誰かのために行動できるといいですね。そしてこれからも、相手のことを思い考え行動できる豊かな心を大切に育んでいってください。

  • 2012年11月07日2012年11月7日の朝の祈り

    今朝は,聖書の一節を読みますので聞いてください。
    フィリピの信徒への手紙2章12節から18節です。

    わたしの愛する人たち,いつも従順であったように,わたしが共にいるときだけでなく,いない今はなおさら従順でいて,恐れおののきつつ自分の救いを達成するように努めなさい。あなたがたの内に働いて,御心のままに望ませ,行わせておられるのは神であるからです。何事も,不平や理屈を言わずに行いなさい。そうすれば,とがめられることのない清い者となり,よこしまな曲がった時代の中で,非のうちどころのない神の子として,世にあって星のように輝き,命の言葉をしっかり保つでしょう。こうしてわたしたちは,自分が走ったことが無駄でなく,労苦したことも無駄でなかったと,キリストの日に誇ることができるでしょう。更に,信仰に基づいてあなたがたがいけにえを献げ,礼拝を行う際に,たとえわたしの血が注がれるとしても,わたしは喜びます。あなたがた一同と共に喜びます。同様に,あなたがたも喜びなさい。わたしと一緒に喜びなさい。

    これは,今日教会で朗読される聖書のみことばです。ここに書かれているように,どんなに辛いことや苦労も決して無駄になることはありません。共に喜んでくださる方がいることを信じて,今日も一日頑張りましょう。