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  • 2014年05月29日2014年5月29日の朝の祈り

    先日学校の図書館で「馬の時代」という本に目がとまりました。そう言えば今年は午年だったな,と思って手に取ってみると,この本は井手雄太郎というカトリックの神父様が今から40年以上前にお書きになられたものでした。
    あるとき井手神父様にむかって,忙しく献身的に働いておられる外国人の神父様が笑顔で「私は,今,馬の時代です」といわれたそうです。
    「馬の時代」とはどういうことか,ということをこの本から紹介しましょう。もとはハンガリーの童話だそうです。

    ■引用のため省略■

    というお話です。

    生徒のみなさんは神さまから与えられた人間らしい生活のまっただ中ですね。うらやましい限りです。一日一日を大切にしてください。私は既に馬の時代を過ぎ,犬の時代に入って久しいのですが,日々忙しく,まだまだ馬の時代の延長にいます。
    さてこの「馬の時代」というお話の最後に,井手神父様は次のようにお書きになっておられます。

    ■引用のため省略■

    私も神父様に全く同感です。

  • 2014年05月27日2014年5月27日の朝の祈り

    As all of you Gardening Girls know, this is a very busy time of year for gardeners. I don’t grow vegetables in my garden, but I have to cut the grass to stop it getting too long and cut some of the bushes and trees to stop them getting too big. I usually enjoy working in the garden, but there is one job I do not enjoy. That job is pulling up weeds (雑草 in Japanese) from the side of the road outside my house. The weeds are difficult to take out, so it’s very hard work and I don’t enjoy it at all. I do it sometimes, but not very often. On Sunday morning, I did some gardening, but I didn’t pull up any weeds. In the afternoon, when I was playing soccer with my two boys in the garden, I saw someone by the side of the road outside. It was an old lady, and she was pulling up our weeds! Of course I went out quickly and said “Thank you very much”, but I felt terrible! I should be doing that job, not her! This experience made me think two things.
    Number 1 – I should not put off a job because I don’t like it. “I don’t like pulling up weeds, so I’ll cut the grass first…” We all do that sometimes, don’t we? For example, “I don’t like science, so I’ll do my Japanese homework first…”
    Number 2 – People do really nice things. The old lady didn’t pull out the weeds to get some money, she didn’t pull out the weeds because she wanted to speak to an Englishman. She pulled out the weeds because she was kind. She pulled out the weeds so that everyone can think, “This is a beautiful road.”
    Being nice is something that you learn naturally, but also something that you can learn at school. It isn’t in the syllabus, but the teachers here try very hard every day to teach you to be nice people. In fact, I think that is the most important thing anyone can learn at school. Are you a good student?

  • 2014年05月24日2014年5月24日の朝の祈り

    5月も残すところ一週間となりました。生活のリズムも身に付き、年度初めにたてた目標に向けて,勉強や部活動に全力で取り組んでいるところですね。

    今朝の言葉

    あなたにはこの世で行動するための力が与えられています。
    自らの行動で,あなたは自分の人生の針路(進む方向)を決めています。
    あなたはいつでも好きなときに,自分の生き方を変えて,人生の針路を変更することができます。
    あなたは自分の自由意思でそれを実現していく力が与えられています。
    大きな喜びを手にすることもあれば,逆に悲しみにくれることもあります。
    選択しているのは,その判断をしたあなた自身なのです。

    〔栄唱〕

    栄光は父と子と聖霊に。初めのように今もいつも世々に。アーメン。

  • 2014年05月23日2014年5月23日の朝の祈り

    今週の朝の祈りでは「感謝」について扱われてきましたので、本日も感謝についての話を続けていきたいと思います。
     この朝の祈りでは、感謝することの大切さについて多く取り上げられています。そもそも、感謝することがなぜ大切なのか、皆さんは考えたことがありますか?
    答えはいろいろあるでしょうが、気づかないところで、皆さんが充実した学校生活を送ることができるように、影で苦労をされている人がいるからだと私は考えます。例えば、登校する時間に合わせて、朝早くに起きてお弁当を作られている保護者の方。安全に登下校できるように毎日送迎していただいているバスの運転手さん。わかりやすい授業をするために夜遅くまで準備されている先生方。この他にも、皆さんの知らないところで、いろいろ動き、苦労されている方がいるのです。
    ここまでの話を聞いて、皆さんは今、どう思いましたか?別になんとも思わないとか、してもらっているのが当たり前とか感じたりはしていませんか?だとしたら、それは非常に悲しいことです。もし、皆さんが他の誰かのために苦労しているのに、「ありがとう」の一言も言われなかったらどう思いますか?
    皆さんが毎日の生活を充実するために、いろいろな人がご苦労をされていらっしゃるのです。だからこそ、皆さん一人ひとりが周りを見て、周りの人のご苦労を想像して感謝できる人間になってほしいと願っています。

    新約聖書『ローマの信徒への手紙』第8章24節から25節より
    「私たちは、このような希望によって救われているのです。見えるものに対する希望は希望ではありません。現に見ているものをだれがなお望むでしょうか。私たちは、目に見えないものを望んでいるなら、忍耐して待ち望むのです。」

  • 2014年05月22日2014年5月22日の朝の祈り

    今日は5月22日ですが,毎月22日は何の日か知っていますか?
    2と2の語呂合わせで夫婦の日というのが有名かもしれませんが,わたしが最近知ったのはショートケーキの日なのですがなぜかわかりますか?カレンダーの22日の上には15日がありますね。ショートケーキの上にも15(イチゴ)が乗っていることから,22日はショートケーキの日なのだそうです。
    ところで,5月は新緑の季節ですが,人によっては心と体のバランスを崩す人も出てきます。自分なりに心を整える方法を知っていたら役に立つかもしれません。その1つの方法として「感謝日記」を紹介します。紙に書いてもいいし,思い出すだけでも効果があるそうです。
    「感謝日記」のやり方ですが、まず一つ目に今までの人生で自分が感謝したいと思うことを思い出して感謝します。例えば,部活動を続けるかどうか悩んでいたときにアドバイスをくれた先輩に感謝。2つ目は自分の日常の中に小さな感謝を見つけてみます。例えば,気持ちの良い今日のお天気に感謝とか,いつもかわいく待っていて癒してくれるペットに感謝。3つ目は妄想でいいので自分の望んでいる未来を思い描いて,その未来が実現することに感謝します。例えば,毎日頑張った勉強の成果が出て英検に合格し,念願の語学研修に参加し貴重な経験をすることができたことに感謝。これはあくまで妄想でいいのです。そして最後に「心から感謝します。ありがとう。ありがとう。ありがとう」と声に出します。これだけですが,私たちは感謝しながら苦しみを感じることはできないので,感謝することを毎日続けていると心が良い状態に切り替わるそうです。これから中間試験まで1ヶ月弱,焦りや不安を感じることがあったら,ちょっと思い出して試してみてください。

    《アヴェ・マリアの祈り》
    アヴェ・マリア、恵みに満ちた方、主はあなたとともにおられます。あなたは女のうちで祝福されご胎内の御子イエスも祝福されています。神の母聖マリア、わたしたち罪びとのために、今も、死を迎える時もお祈りください。アーメン。

  • 2014年05月21日2014年5月21日の朝の祈り

    私は昨年、右膝の手術を行いました。手術前と手術後は松葉杖を使っての生活を強いられました。手術は無事に終わりましたが、「しばらくの間は、松葉杖を使わなければならない」と担当のお医者様から言われ、本当に良くなっているのか不安でした。でも、4月からは松葉杖を使わずに、スムーズに歩けるほどに回復してきました。

    このような経験をした私が感じたことを皆さんに伝えるとしたら、「身の周りの当たり前のことに、感謝する」ということです。

    学校や家で、あなたの周りには誰かが傍にいてくれませんか?その誰かはあなたを支え、笑顔にしてくれていることでしょう。友達や先生、家族の方たち…。それぞれ思い浮かぶ人は違うと思いますが、あなたが気付かないところにも、支えてくれているはずです。

    その方たちに対して、「やってくれて当たり前」ではなく、周りの方に「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えましょう。思っているだけではなく、あなたの言葉で伝えられるようにしましょう。

    これで、朝の祈りを終わります。今日も一日、笑顔で頑張りましょう。

  • 2014年05月19日2014年5月19日の朝の祈り

    「新緑の緑が目に染みる」とか,「さわやかな緑,若葉が香る季節」などと,5月特有の表現があります。皆さんはこの「目に染みる」や「若葉が香る」を実際に体験していますか。
     神様からいただいている五感,見ること,聞くこと,ふれてみること,香りをかぐこと,味わうことなど,感覚をしっかり活用していないと,いつの間にか,何も感じられない人になってしまいます。神様からいただいている能力は,意識して使っていませんと退化してしまいます。スポーツで日頃から身体を鍛えておかないと体力が衰えるのと似ています。
     新緑の緑から,トーンはそれぞれ違うのですが,今どんどん濃い緑に移り変わっています。その微妙な変化に気づけるあなたでいてください。その素晴らしさに驚くことができる人,またその美しさを味わえることに感謝できる心の持ち主でいてください。このような感性の豊かさはヨゼフの生徒の特徴です。
    さて,皆さんは昨日の日曜日はどのように過ごしましたか。私たちの教会では大きなお祝いがあり,喜びと恵みに満ちた一日でした。と言いますのは、皆さんも時折ミサでお会いするネリグ神父様の(神父様になられてから)叙階60周年記念の感謝のミサと祝賀会があり,滋賀や千葉と遠くからもたくさんの方々がこのお祝いに駆けつけてくださったのです。
     ネリグ神父様は,8年生の時(皆さんでいうとちょうど中2です),「司祭になろうかな」という望みの種が心に蒔かれ,それからずっと神父様としての道を歩み続けておられるのです。しかも神父様は,メリノール宣教会の会員として,ご家族や祖国を離れて,遠い日本で生涯を,イエス様の福音(Good News)を伝えるために毎日尽くしておられるのです。司祭になられた時,中国に行くことを希望されたそうですが管区長様は「日本へ行ってください」と思ってもみなかった国へ送られたのです。それから60年間,ネリグ神父様は私たち日本の人々のためにイエス様のメッセージを伝え続けておられるのです。私たち一人ひとりは,神様からの特別のmission(使命)をいただいていますが,ネリグ神父様の生き方の中にその使命を生き抜かれている人の輝きと暖かさと優しさを強く感じた一日でした。私たちも自分のmission(使命)を一人ひとり大切にいたしましょう!

    今日の聖書からのみことばは,マルコ16章15節です。
    ―全世界に行って すべての造られたものに,福音(Good News)を宣べ伝えなさい

    ヨゼフ生の皆さんは本物の幸せが何かを知っていますから,このGood Newsを伝える人になれることと思いますよ。

  • 2014年05月15日2014年5月15日の朝の祈り

    私が顧問を務めているギター・マンドリン部は、この春から13名の1年生が新たな仲間として加わってくれました。放課後のピアノ室は毎日、これから楽しみながら上手に楽器を演奏できるようになろうという、新鮮な活気に満ちあふれています。

    このように、4月の年度初めを境として、思い切って新しいことに挑戦し始めた人は多いことでしょう。しかし、その一方で、自分自身の中に希望を抱いているにもかかわらず、今はまだそれを実現できる実力がないとあきらめてしまい、挑戦に踏み切っていない人も沢山いるのではないでしょうか。
    「去年までに習ったことを一生懸命復習して理解してから、これからの学習をがんばろう」とか、「家で一生懸命練習をして、もっと上手になってからみんなの前で歌を歌ってみよう」というように。けれど、このような考え方は、なかなか満足した状態を生み出せず、挑戦の機会を先延ばしにしてしまうおそれがあります。

    テレビでもご活躍中の心理カウンセラーである心屋仁之助さんは、著書のなかでこのようなことを書かれています。
    『“自分は素晴らしい”と信じると、その後で“証拠”がやってくる。早ければ30分以内に、遅くても3日以内にです。』
    即ち、ピアノのコンサートをしたいのならば、“素晴らしいピアニスト”になったつもりで人前で弾いてみる。すると、理由はよく解らないけれどいつもより上手に弾けてしまい、周囲からは「あなたって才能があるのね」と声をかけられるようになってしまう。

    このお話は、ウソみたいな話ですが、とても大切なことを言い表しているように思われます。つまり、人が理想や希望を持つとき、無意識のうちに自分にはそれを叶えるだけの秘めたる能力が備わっていることが、既に解っているということです。謙虚であることは尊いことですが、自分にはまだ努力が足りないとか、実力がないというような過小評価は、才能の芽を花が咲かないうちに刈り取ってしまうようなものです。自分の中にすでに植えられている可能性の種を育てる努力を、今日からすぐに始めましょう。
     

    コリントの使徒への手紙2 第6章8~10節
    わたしたちは人を欺いているようでいて、誠実であり、人に知られていないようでいて、よく知られ、死にかかっているようで、このように生きており、罰せられているようで、殺されてはおらず、悲しんでいるようで、常に喜び、物乞いのようで、多くの人を富ませ、無一物のようで、全てのものを所有しています。

  • 2014年05月14日2014年5月14日の朝の祈り

     新学期が始まって1ヶ月あまり,あっという間に過ぎましたか?それともまだ1ヶ月という感じでしょうか?
    人の感じる時間の長さはその年齢に反比例するといわれています。これを「ジャネの法則」というそうです。年齢による経験で時間の受け止め方が異なるためだといいます。例えば,3歳の子どもにとって1年間は人生全体の3分の1。50歳の人間には50分の1。時の流れが年とともに軽くなるということでしょうか。
    また,こんな時間のたとえもあります。「人生時間」というものです。年齢を3で割ってみてください。人生を一日間に置き換えた場合,自分が何時にいるのかがわかるのです。例えば,30歳なら÷3で10。つまり,午前10時です。まだまだ時間は十分にあります。60歳なら÷3で20。20時。つまり,午後8時。日没は過ぎましたが,まだまだ十分いろいろなことを楽しめる時間帯です。これでいくと中1の皆さんの「人生時間」は午前4時,6年生の人は午前6時。時間の使い方・活かし方はそれぞれの人の思いや行動によって異なりますが,皆さんに共通していえることは,十分な時間が皆さんにはあるということです。 

     時間も命も神様からの賜物です。
     無償でいただいたものですから,
     自分のためだけに使うのではなく,
     自由に,
     条件をつけずに人に与えてください。
     そうしてこそ,
     賜物は生かされるのです。

  • 2014年05月09日2014年5月9日の朝の祈り

    今日の祈りは、「復活について」のお話しです。
     キリスト教会では、御復活祭は、クリスマスより大きなお祝いの日なのです。イエスキリストが十字架につけられて、私たちの罪のあがないのために死に、3日目に復活されたことをお祝いする日です。クリスマスは12月25日という定められた日にお祝いをしますが、復活祭は毎年、日が変わります。それは、春分の日の次にくる満月のあとの日曜日と決められているからです。だいたい毎年、3月20日頃から4月20日頃までの間に行われます。今年は、4月20日でした。

     さて、みなさんは、セントヨゼフ女子学園の建物のシンボルは?と聞かれたら、ほとんどの人が校舎の一番上に掲げられている十字架と答えるでしょう。
    十字架はキリスト教のシンボルですね。「この病気が私の十字架です。」というような使い方がされていますように、「苦しみ」の代名詞でもあります。なぜ、苦しみである十字架を、キリスト教が大切にしているのかといえば、それは十字架なしにキリストの復活はなかったからです。苦しみというプロセスを通って、大きな喜びがあったという事から、「苦しみ」イコール「悪」とか「いやなもの」とか「避けたいこと」ではなく、十字架そのものが意味のあるものとなります。キリスト教では、十字架を通ってこその復活なのです。

     イエス・キリストは復活したときに、十字架上で受けた釘跡、槍で突かれた傷跡など手や脇腹の傷を堂々とお見せになるところに、復活の大切なことがらが隠されているように思えます。本来、十字架の傷は「痛かったしるし」「敗北のしるし」「屈辱のしるし」であるのに、復活した後、弟子たちに「イエス・キリストは私である」ということを、この傷によって証明されるのです。イエス様の傷の痛みを、父である神様はほおっておくことなく、復活させられたのです。

     私たちの生活の中では、人を傷つけたり、傷つけられたりと、体や心に傷を受けることがあります。毎日の生活の中で「傷ついた、傷ついた」と何度となくこの言葉を言うことがあるでしょう。そのような時に、マタイによる福音書、「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく、病人である。」という言葉を思い出しましょう。みなさんが受けた傷をイエス様は、恥じなくてもいいよ、見せにいらっしゃい、大丈夫だよと、おしゃってくださっています。

     御復活は、私たちに十字架を担うすべを教えてくださっているのです。与えられる十字架を担うこと、倒れてもいいこと、他人の助けを借りても担い続けてもいいこと、そして、その十字架や受けた傷を通して、復活という新しい自分へと変化させてくださるのです。いつも、神様やイエス様はあなたを傷ついたままほおっておくことはなさいませんから。

  • 2014年05月02日2014年5月2日の朝の祈り

    みなさん,4月30日のラモス瑠偉さんの講演会はどうでしたか?
    やはり,元日本代表のトップスターと言うこともあり,オーラがあり,パワーを感じました。
    「あきらめないこと」「両親を大切にすること」「ぶれずにやり通すこと」など,いくつかの熱いメッセージを語っていただきました。
     何か一つは,皆さんの心に届いたメッセージがあったと思います。
    また,勉強の大切さも語ってくれました。今のヨゼフでの恵まれた環境をいかし,
    将来の夢に向かって,皆さんもラモス瑠偉さんのように,強く生きましょう。
    講演会では聴くことができなかったラモスさん名言を一つ紹介したいと思います。

    【ラモスの黙示録より】※引用のため省略