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  • 2015年03月17日2015年3月17日の朝の祈り

    Today is an important day for students in two of our junior high school year groups. Our first year students have the ‘The Farmer’s Watermelon’ performance. I know you have been practicing really hard for today, so do your best and have a lot of fun. Here is my advice. Remember that the gym is big, so make sure you look at the audience and speak in loud voices! Next, our third year students will be given a certificate by Sister Saito to show that they have finished junior high school. Here is my advice. Remember how important today is. The certificate that you will receive shows that you have finished not just three years at junior high school but the nine years of your compulsory education (義務教育). In this morning’s ceremony, make sure you are dressed smartly and make sure you behave smartly.
    My message today is for everyone. There are many different times and occasions in our lives. For example, there is a time for studying and a time for playing. There is a time for speaking and a time for listening. There is a time to be dressed smartly and a time to “let your hair down”. “Let your hair down – what does that mean?” Well, it means to enjoy yourself, maybe be a little noisy, a little crazy, a time to, well, let your hair down. One of those times was Saturday 7 March, when we had our「愛チャリ」event in the gym. I watched some of the performances and was amazed to see your dancing, singing and acting talent. It was so much fun to watch, and I was really happy that many other students gave money, or pencils, to support both their friends and children in the Philippines.
    The spring vacation is coming soon. Just like school days, vacations have times and occasions. There’s a time for studying and a time for playing. Whatever you do, though, please be safe at all times. We’re looking forward to seeing you again in April.

  • 2015年03月13日2015年3月12日の朝の祈り

     昨日で、震災から4年が過ぎました。4年前の午後,私は、職員室にいて、自分がめまいを起こしているのでは・・・と錯覚するような大きな横揺れを感じました。すぐにそれは地震による揺れだとわかり、卒業後も勉強に来ていた6年の生徒たちを進路資料室に避難させました。テレビでは津波の様子をリアルタイムで映していました。まるで特撮映画を見ているようで、自動車が押し寄せる波にのまれまいと、追われるように走っていました。現実の世界とは思えない光景でした。東京で仕事をしている従弟からは、その日の遅くに「電車が止まり、4時間歩いてやっと家にたどり着いた。無事です。」とメールが来ました。その日を境にテレビからは、企業のコマーシャルや普段の番組が消え、震災に関する放送だけになりました。日本全体が震災の悲しみに包まれました。どれだけの人が、あの一日さえなかったら、と悔やんだことでしょう。
     私はこうしてあの日を思い返しても、目の前で家族が流されていった悲しみや住む家がぐちゃぐちゃになって壊れ流されていくのを見て悔しい思いをした被災地の人たちの心の痛みはいまだ想像できません。あの日からも変わらない日常を過ごしている私にとってあくまで震災は映像の一コマです。でも、私は、この日を絶対に忘れてはいけないと思っています。
     東北ボランティアに参加した高校生の皆さん,どうかあなた方が見てきたこと,感じてきたことを心にとめ,日々の生活にいかしてください。皆さんの一回のボランティアで被災地が大きく変わることはありません。が,変わらない日常を当たり前に過ごせる皆さんが今できることは何ですか。今朝は,始業前の祈りをします。整った環境で勉強できることに感謝して祈りましょう。

  • 2015年03月09日2015年3月9日の朝の祈り

    先週の月曜日は,本校の卒業式があり,98名の生徒がこの学び舎を巣立っていきました。

    厳粛な雰囲気の中で,代表の生徒が3年間,6年間の様々な思いを言葉に残し,巣立って行く瞬間を見届けることができるこの行事は,毎年胸が熱くなります。

     この胸が熱くなる行事を,私は今年、連続二日間体験することができました。本校卒業式の翌日,兵庫県のとある女子高校から招待を受け,来賓として参加させていただきました。

     女子だけの学校でありながら卒業生は417名,人数にも圧倒されましたが,何よりも感動したのは,「一体感」です。
    卒業生,在校生,教職員,保護者,会場の空気 すべてが一体となって卒業式を作り上げたという感じでした。

    卒業生を含め、式に参加した約1000名の生徒達の、凛とした「所作」「振る舞い」さらに代表生徒の「送辞」「答辞」のスピーチが重厚で厳粛な雰囲気の中にあって,圧倒的な一体感をリードしていくのが感じられ,あっという間に1時間40分が経ち、大きな感動を味わうことができました。

    6年生が卒業し、5年生はいよいよ学園の最高学年となりました。これからこの学校で経験していく一つ一つの行事には、明日出発する研修旅行も含め、すべて「最後の」という言葉がついてきます。

    一年後の卒業式には、この学校に入って良かった。この学校でこの経験ができて良かった、この友達で良かった。この先生と関われて良かったと思えるようセントヨゼフの伝統をしっかり受け止め、
    「ヨゼフプライド」を強く持って、今この瞬間を刻んでいってほしいと願っています。

  • 2015年03月05日2015年3月5日の朝の祈り

     今朝は,主の祈りの一節にある,「私たちの日ごとの糧を今日もお与えください」ということばの意味について考えてみたことをお話しします。

     私たちは,日々の活動において,体に必要な食べ物を得ずには,成果を上げることは出来ません。空腹ではよい考えが浮かびませんし,運動するにも力が出ません。普段の現実には,2限目の授業が終わる頃にはおなかが鳴ってしまいます。それはそうなのですが,私は,主の祈りのちょうど真ん中あたりで,その日の食べ物を得られるようにと祈るのは,その前後のことばとなんだか釣り合わないように感じていました。

    しかし,最近になってようやく,次のように思い至りました。
     イエス様の生きておられた当時のイスラエルで,救い主を待ち望んでいた貧しい人々は,明日やその先を心配するどころか,まず今日を生きるために必要なだけの糧を得られるようにと願っていたのです。また,明日以降のことを案じて,人の食べ物を奪ったり,自分だけ余分に食べ物を蓄えようとせず,まずは今日を生きるに必要な分だけを得られれば,それで充分だと考えたのです。

    この世界には,未だにその日一日を生きるにおいてすら満足な食事を得られない人々がいます。その一方では,ありあまる食材の,どれを使うかに迷うほど豊かな暮らしが当たり前の人々がいます。ぜいたくは出来ないまでも,今日困らないだけのものを持っているなら,今日一日すら生き延びられない人々のことを思って,感謝して食べましょう。糧を得て元気を取り戻したら,遠く離れた場所で苦しんでいる人たちの分も,充実した一日を過ごしましょう。そうして知恵や力を身につけ,やがては苦しんでいる人々が少しでも救われるように働けば,世界は今よりよくなるはずです。

     私はこう考えてみて,この祈りに抱いていた,少々アンバランスな印象を解消しました。
    今日もがんばりましょう。