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  • 2015年09月30日2015年9月30日の朝の祈り

    『ドラえもん』といえば、誰もが知っている人気アニメですが、その最終回がどんな話か、みなさんは知っていますか?
    原作コミックスでも最終回の話はいくつか知られていますが、中でも『さようなら、ドラえもん』という最終話は名作、”名”最終回だと私は思っています。
    映画などに何度も使われている話なので、知っている人も多いかもしれません。

    そもそもこの『ドラえもん』という話は、「ぐうたらなのび太くんを立派な人間にするために、未来からやってきたドラえもんが色んな道具を使って助けてあげる」という内容です。
    つまり、『ドラえもん』という物語は、のび太くんが「成長」することで、つまり、のび太くんがドラえもんの力を借りなくてもよくなることで、終わりを迎えるわけです。

    最終回『さよならドラえもん』の内容はこうです。
    いつものようにジャイアンにケンカで負けて「ケンカに勝てる道具を出して」と泣きつくのび太くんですが、ドラえもんにそっけなく断られてしまいます。
    いつもよりどこか寂しげなようすのドラえもんは「実は明日の朝 未来に帰らなければならなくなった」ということを告げます。
    びっくりしたのび太くんはいやだいやだと泣きわめきますが、お父さんとお母さんにいさめられ、最後のお別れ会を開いてあげます。
    その後、「あとは2人で語り明かそう」と思い出話に花を咲かせるドラえもんとのび太くんでしたが、途中、涙を見られまいとドラえもんはどこかへ行ってしまいます。
    「やさしいやつだな」と思いながらドラえもんを探しにいくと、空き地でジャイアンに出会います。
    すると、のび太くんはジャイアンに「ドラえもん抜きでケンカの続きをしよう」と持ちかけます。
    結果、やはりすぐにやられてしまうのですが、それでものび太くんは何度倒されても起き上がり、ジャイアンに立ち向かっていきます。
    そしてこういいます。「ぼくだけの力で 君に勝たないと、ドラえもんが安心して 帰れないんだ!」
    あまりののび太くんの執念に負けて、ジャイアンは降参して逃げていきます。
    ボロボロになったのび太くんをドラえもんがみつけたとき、彼は言います。
    「見たろドラえもん、勝ったんだよ ぼく一人で。これで安心して 帰れるだろ」
    家に帰り、眠りについたのび太くんの寝顔は、とても満足げでした。
    ドラえもんはその寝顔をそばで涙ながらに見つめていました。
    そして次の日、朝の光が差し込むいつもの部屋にドラえもんの姿だけがありませんでした。
    一人 部屋に残されたのび太くんは、「部屋ががらんとして 寂しいけど、 ぼくはもう大丈夫だから 心配するなよ ドラえもん」
    といって物語は終わります。

    みなさんの学校生活にも、いずれ最終回がやってきます。
    そしてそのときには、今まで支えてお世話してくれていた人達から、文字通り「卒業」しなければなりません。
    ドラえもんの助けを借りず、自分ひとりの力で今までかなわなかった相手に立ち向かっていったのび太くんのように、みなさんも自分の力で壁を乗り越えていってください。

  • 2015年09月25日2015年9月18日の朝の祈り

     突然ですが、「エンピツ人間になれ」と言われて、どんな人になろうと思いますか?どんな人をイメージしますか?少し考えてみてください……。
     削られたエンピツは先がとがっているので、ツンツンした人とか、常にトップを目指す人とイメージしたり、書けば書くほど削って使うことから努力する人をイメージしたりと、一人ひとり感じ方が違うと思います。あとで、周りの人とどんな人をイメージしたか話し合ってみるのもいいかもしれません。
     今日は、三重トヨタ自動車株式会社代表取締役会長の竹林武一さんの言葉を紹介します。

    「エンピツ人間になれ。その心は、中に一本芯が通っていて、周りに気(木)を使う。そして自分の身を削ってお役に立つ。」

     エンピツの芯の周りは木を使っているというのと、自分を芯にたとえ周りに気を配るという意味の気を遣うをかけ、また身を削るという点でもかけていて、うまい!素敵な言葉だなぁと思いました。
     ぜひみなさんも、人に流されるのではなく、自分の信念をしっかりもち、相手のことを考えて行動できる人に成長していってほしいです。
     相手のことを考えて行動することは、誰もがはじめからできるわけではありません。しかし、ヨゼフではそれに気づかせてくれたり、それを教えていただける環境です。例えば、みなが気持ちよく授業が受けられるよう、換気のために窓を開けるとか、黒板を消すとか、たくさん荷物を持っている方がいたら手伝うとか……。はじめは先生に言われてやっていたことが、一人ひとりが意識さえすれば、先をよみ考えて行動できることが自然と身についていきます。ヨゼフで過ごす六年間の一日一日を大切に過ごしていきましょう。

    使徒言行録 第20章 35節
     「受けるよりは与える方が幸いである」

  • 2015年09月15日2015年9月15日の朝の祈り

    Last week Sister Saito spoke to you about the 3 year-old Syrian boy, Alan Kurdi, whose body was found on a beach in Turkey after the boat he was in sank on its way to Greece. His death is a terrible tragedy, but it is part of a much larger tragedy. There has been war in Alan’s home country, Syria, for over 4 years. No one knows how many people have died, but it is certainly thousands and thousands, including many people who have no connection with the fighting. In any war, it is always innocent people (the young, the old) who suffer the most.

    Now let me tell you about something amazing that has been happening in many places in Europe, especially in Germany, since people saw the photos of Alan’s body. The German leader, Angela Merkel, who is a woman, by the way, said that Germany will welcome thousands of people from Syria who have been trying to escape from the fighting. The numbers are hard to believe. The Germans have said that they will take up to 800,000 people (that’s 80万人) this year. At the moment, 80 million people (8千万人) live in Germany, so this means that the population will suddenly grow by 1%. Maybe that doesn’t sound too much, but let’s think about Japan for a moment. There are about 125 million people (1億2千5百万人) in Japan at the moment. What would we do if over one million people (100万人) suddenly arrived here? How would we all react?

    Let’s return to Germany and see what they have done. Well, it’s not just Mrs. Merkel who is being nice to the Syrian people. Many normal German people have gone out to the roads and railway stations to meet the Syrians and to say, “We are happy to see you. Welcome to Germany.” Many of the refugees have experienced terrible things in their home country over the last few years. I’m sure many of them are scared and cannot believe that other people can do kind things. I hope that the wonderful reaction of many normal German people can give them hope again. After all, they only want what anyone wants, the chance to live in peace.

    Please take an interest in stories like this, everyone. It’s very important to know the bad, and the good, things that happen around the world every day.

  • 2015年09月07日2015年9月7日の朝の祈り

     トルコの海岸の波打ち際でうつ伏せに横たわる小さな男の子の遺体が発見されました。その映像はインターネットで配信され、イギリスではその写真がいくつかの主要な新聞の9月3日付けの第一面に大きく掲載されました。その子はシリア北部からの難民、3歳のアイラン・クルディくんでした。

     過激派組織「イスラム国」(IS)やタリバンの暴動や殺害から逃れるため、シリアやアフガニスタンからの1万人とも言われる難民の波が、今ヨーロッパに押し寄せています。 シリアの内戦の長期化によって、約400万人の難民が流出していると報道されています。

     これは今世紀の悲しい民族大移動です。先日「戦後70年」について私たちにお話くださいました安島先生も強調しておられましたが、戦争は人間としての基本的な権利・・・生命や、愛する人や穏やかな生活を奪い去ってしまいます。今回のアイランくんの死は、難民申請の緩和を再検討させ、EU加盟国やアイランくんのおば様が住むカナダも「もっと難民を受け入れる」方向へと動いているようで、オーストリアとドイツは緊急的な入国許可に踏み切りました。

     アイランくんの家族は、まずギリシャへ向かおうとして、その途中で溺れてしまったようです。5歳の兄も母親も死亡しました。残された父親はABCニュースで、「私の息子達は世界一すばらしい子供たちでした。毎朝起きるとすぐに私のところへ飛んできてくれました。しかし、もうあの子たちはいないのです。」と悲しみに打ちのめされ泣き崩れておられました。

     戦争や内戦は、家族を引き裂き、愛する人を失うという生涯決して消えることのない心の傷を残します。シリアの難民の方々からは遠く離れている私たちですが、その方たちに一日も早く希望の朝が迎えられる日がきますようにと祈り続けましょう。

     マララさんも生命をかけて「女性の教育の必要性」を訴え続けているように、この3歳のアイランくんは、自分の生命を捧げて難民としてのSOSを発信してくれています。一つの地球というグローバルな時代に生きている私たちは、言葉を越えて生命がけで発信されているメッセージにも、いつも心を開いていたいと願っています。

     皆さんは明日から前期期末試験にchallengeします。もう充分がんばっている皆さんですから、Do your best!のエールを贈ります。ご自分のbestを最後の1分まで尽くしましょう。そして、出てきた結果については誰のせいにもしないで自分で責任をとりましょう!その時、あなたは一歩も二歩も前進していますよ。

  • 2015年09月07日2015年9月5日の朝の祈り

    以前,「努力の壺」の話をしましたが,今朝は「ひび割れ壺」の話をしたいと思います。

     インドのある水汲み人は2つの壺を持っていました。天秤棒の端にそれぞれの壺をさげ,彼は水を運びます。片方の壺にはひびが入っていました。完璧な壺が小川からご主人様の家まで一滴の水もこぼさないのに,ひび割れ壺は水をいっぱいに入れてもらっても,家に着くころには半分になってしまいます。完璧な壺は,いつも自分を誇りに思っていました。なぜなら,彼は本来の目的をいつも達成することができたからです。ひび割れ壺はいつも自分を恥じていました。彼は半分しか達成することができなかったからです。
     2年が過ぎ,すっかり惨めになっていたひび割れ壺は,ある日,川のほとりで水汲み人に話しかけました。「私は自分が恥ずかしい。そして,あなたにすまないと思っている。」「なぜそんなふうに思うのですか?何を恥じているのですか?」水汲み人は言いました。「この2年間,私はこのひびのせいで,あなたのご主人の家まで水を半分しか運べなかった。水がもれてしまうから,あなたが努力をしているのに申しわけない。私はそれがつらいのです」と,壺は言いました。
     水汲み人は,ひび割れ壺に言いました。「これからご主人様の家に帰る途中,道端に咲いているきれいな花をみてごらんなさい。」天秤棒にぶらさげられて丘を登っていくとき,ひび割れ壺はお日様に照らされ美しく咲き誇る道端の花に気がつきました。花は本当に美しく,壺はちょっと元気になった気がしましたが,ご主人様の家に着くころには,また水を半分漏らしてしまった自分を恥じて,水汲み人に謝りました。
     すると水汲み人は言ったのです。「道ばたの花が,君の通る側にしか咲いていないのに気づいたかい?僕は君からこぼれ落ちる水に気づいて,君が通る側に花の種をまいたんだ。そして君は毎日,僕たちが小川から帰る時に水をまいてくれた。この2年間,僕はご主人様の食卓に花を欠かしたことがない。君があるがままの君じゃなかったら,ご主人様はこの美しい花で家を飾ることはできなかったんだよ。」

    私たちはみな,それぞれひび割れ壺を持っています。自分のひびを責めてはいけません。自分のひびをうまく生かす方法を考えるのです。努力の壺にひびが入っている人も,今までの努力が無駄になっているわけではありませんよ。私たちは,その時々の立場で完璧な壷だったり,ヒビ割れた壷だったり,水汲み人だったりするのではないでしょうか。

    皆さんの日々の努力が,日本の社会と皆さん自身の実りとなりますように。

  • 2015年09月04日2015年9月3日の朝の祈り

    夏休みが明けて一週間が過ぎました。学校生活のリズムもそろそろもどってきたところでしょうか。

    さて夏休みが明けて、まず集会がありました。HR後、各クラスで並んで第一体育館に移動し、自分の学年の席に着席する。ここでちょっと想像してみてください。
    皆さんが、何気なく座っているこの椅子は誰が並べてくれたのか、そんなことを考えたことはありますか。
    数年前から学園会役員や委員の皆さんを中心に集会の椅子を並べてくださっています。午後からの集会ではお昼にボランティアの方が集まって並べてくださいます。必ず早くに来てくださる先生がいらっしゃいます。朝に集会がある日は、8時前から並べてくださる生徒さんがいます。朝練を中断していつも手伝ってくださるクラブの方がいます。朝練の場所もなくなるのに不平も言わず、テキパキと気持ちよく動いてくださいます。
    集会の時椅子が並んでいるのは当たり前のようですが、こうして目立たないところで準備してくれている人がいます。次の集会で着席するとき、誰かが椅子を並べてくれたんだなあとその光景を想像してみてください。

    私たちの周りには当たり前に思っていることがたくさんあります。見えていないことに思いを寄せることを忘れていることがたくさんあります。見えていないことに気付くことができる、想像することができる、心の目を向けることができる、そんな人になれるといいなあと思います。