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  • 2017年02月21日2017年2月21日の朝の祈り

    Did you know that today, February 21, is International Mother Language (国際母語) Day? No, I’m sure you didn’t. I’ll be honest and say that I didn’t know until yesterday, either, but it was very interesting to find out. International Mother Language Day has a simple idea, ‘all languages are important’. Chinese, with 900 million native speakers, is important; English, with 340 million native speakers, is important; Japanese, with 126 million native speakers, is important.

    Well, of course, Chinese, English and Japanese are important languages. But how about Ainu? The Ainu language has just 10 native speakers. Is the Ainu language really important? How about the 20 or so languages that have died since the year 2000? Were they important? Maybe you don’t think so. I say, ‘Yes, every language is important.’ Language is not just the words that we use to communicate.

    Those words, our language, tell us about our history, they tell us about our culture, they tell us who we are. And your mother language is the most important of all. For most of you, Japanese is your mother language. This is the language of the millions and millions of people who lived in this country before you. Ainu is the language of the people who lived in Tohoku and Hokkaido before Japanese-speakers came. All of those Japanese- and Ainu-speaking people helped to make the country we live in today. I’m amazed to hear students sometimes saying, “I don’t like Japanese.” You cannot ‘not like’ Japanese! You are Japanese. Japanese is you!

    I’m going to finish with the Lord’s Prayer in English. Please close your eyes.

    Our Father who art in heaven,
    Hallowed be thy name.
    Thy kingdom come, thy will be done,
    On earth as it is in heaven.
    Give us this day our daily bread
    And forgive us our trespasses
    As we forgive those who trespass against us.
    And lead us not into temptation,
    But deliver us from evil,
    For thine is the kingdom, the power and the glory,
    For ever and ever,
    Amen

  • 2017年02月17日2017年2月17日の朝の祈り

    先週の木曜日、2月9日は夏目漱石の誕生日でした。昨年2016年は夏目漱石没後100年、今年2017年は生誕150年に当たります。それに伴い、書店ではフェアをしたりしていますし、漱石のアンドロイドまで作られたそうです。
    少し前に、三年生の皆さんと、「坊ちゃん」を読みました。そのなかで、お手伝いの清からお菓子や文具をもらうことに対して、坊ちゃんが「気の毒だと思った」という部分がありました。この気の毒とはどのような気持ちから出た言葉でしょうか、という問いに対して、三年生たちは「申し訳ない気持ち」と答えてくれました。誰かに何かしてもらったときには、ありがとう、と感謝します。その心の底には、相手が自分のために払ってくれた犠牲に対して、申し訳ないという気持ちがあるのではないかと思います。漱石はその気持ちを「気の毒」と表現し、三年生の皆さんは、100年以上前に漱石が書いた「気の毒」という言葉から、申し訳ないというその気持ちを受け取ることができました。現代では、申し訳ない気持ちを「気の毒」とはなかなか表現しません。しかし、時代や使う言葉は違っても、心の底に流れる気持ちには変わらない部分があるのだと思います。
    文学作品は、なれない内は読みづらいかもしれませんが、是非多くの作品を読んで、どの時代の、どの国の人にもつながる気持ちを感じてほしいと思います。

    では、今日一日が皆さんにとって実り多いものでありますように、主の祈りを唱えましょう。
    天におられる私たちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。私たちの罪をお許しください。私たちも人を許します。私たちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。アーメン。

  • 2017年02月10日2017年2月10日の朝の祈り

    私は先日、2年生の皆さんと一緒に「達人のことば」を学習しました。法隆寺を修復した西岡常一さんと、サグラダ・ファミリアの主任彫刻家外尾悦郎さんのことばです。
    2人のことばは経験の中から生まれたもので、理解することが難しい面もありましたが、彼らの本も読む中で、自分の利益や手柄のためでなく、人の幸せのために自分の持てる力を注いでいる姿に心を打たれました。そして、そのことを誇ることなく「法隆寺が私をつくってくれた」「サグラダ・ファミリアのためになる仕事ができてよかった」「ありがとう」と彼らは言うのです。
    私たちはともすると自分にとっての損得で物事を眺めたり、行動してしまったりすることがありますが、お二人のように、人の幸せのために自分のもつ力を使いたいものですね。

    セントヨゼフでは、人の幸せのために働くチャンスがたくさんあります。チャンスを活かしましょう。私たちが自分のことだけでなく、人のことを考え、行動することができますよう、共に主の祈りを唱えましょう。

  • 2017年02月09日2017年2月9日の朝の祈り

    今朝は雪の影響が心配されていましたが、通学や通勤にほとんど影響がなかったので、ホッとしました。数日前には、1月の大雪で発生した三重県内の農業被害額が2億4500万円に上ることが発表されたばかりです。県内だけでなく、日本全国、雪による被害が大きくならないことを祈りましょう。

    さて、昨年のアメリカ大統領選を機に「フェイク・ニュース」という言葉をよく聞くようになりました。偽のニュースがネット上に拡散される現象が世界中で起きているようです。真実がゆがむ社会になってきているようで、恐ろしささえ感じ、何かを簡単に信じることが難しい時代になったなと残念に思います。

    こんなときにつくづく感じることは、本当に大切なことは、目に見えるものとしてではなく、目には見えないものとして、私たちに与えられていることが多いのではないかということです。

    今朝は、主の祈りに代えて、シスター鈴木秀子のお言葉を味わいたいと思います。

    「幼い時に、愛情をもらえなかった人は、人にどう接したらいいのか、わからないとよくいわれます。自分が周りから愛されていないと思いこんでいる人のまわりには、とかく嫌なことが起こりがちです。嫌なことが続くと恨みもたまってきます。恨みを消すことができない人は、誰とでもぎくしゃくします。恨みは人も自分をも刺す棘(とげ)です。あなたが今、生きているのは、「愛されてきた証」です。どういう出来事を通して、あなたは愛されてきたのでしょうか。きっとたくさんの愛を見つけられますよ。」

    シスターのおっしゃる通り、愛情をはじめ、友情も、人とのつながりも、相手の気持ちなども、どれも目には見えないものです。しかし、心の目がしっかりと開いていたら、必ずキャッチすることができるでしょう。今日も一日、目には見えない大切なものに対する心のアンテナを高く保って、心豊かに過ごしましょう。

  • 2017年02月06日2017年2月6日の朝の祈り

     昨日は「日本26聖人」の記念日でした。1597年2月5日,今から420年前,豊臣秀吉の命令によって長崎の西坂の丘で磔の刑に処されて,尊い命を捧げた26人のカトリック信者の揺るぎない信仰を称える日です。

     5年生の皆さんは,3月の研修旅行の一端としてこの西坂の丘に立つことになります。この26人のうち,日本人は20名,スペイン人が4名,メキシコ人,ポルトガル人がそれぞれ1名で26人すべて男性でした。

     最年少のルドビコ茨木は12歳でした。中1の皆さんと同じ年ですね。当時の長崎奉行 寺沢半三郎は,あどけないこの少年のことを哀れに思って,「キリシタンの教えを棄てれば,お前の命を助けてやる」とルドビコに持ちかけましたが,ルドビコは「この世のつかの間の命と,天国の永遠の命とを取り替えることはできません。」と言って毅然として奉行の申し入れを断っています。

     トマス小崎は14歳で,伊勢の人といわれています。父ミゲル小崎と共に殉教しています。トマス小崎が安芸(あき:現在の広島)の三原城の牢屋から母に宛てた手紙が残っています。
    抜粋を読んでみますと,
    「神の御助けにより・・・わたしのこと,父上ミゲルのこと,ご心配くださいませんように。パライソ(天国)ですぐにお会いしましょう。お待ちしております。・・・イエズス・キリストの幾多の恩恵を感謝なされば,救われます。この世ははかないものですから,パライソの全き幸福を失わぬよう努力なさいますように・・・わたしのふたりの弟マンシオとフエリペをどうか異教徒の手に渡さぬようご尽力ください。私は母上のことをわれらの主にお願いいたしましょう。」         安芸の国 三原にて
    中3の皆さんと同じ年の弟思いの優しい少年です。

     中2の皆さんと同じ年の長崎の聖アントニオは13歳でした。西坂の丘で涙を流して出迎えた両親に,微笑みながら「泣かないでください。私はパライソ(天国)に行くのですから」と慰めたと言われています。そして隣にいるペトロ・バプチスタ神父に「神父様,歌いましょう」と賛美歌を歌う中を槍で刺され殉教しています。
     26人の中にはこの3人のように将来のある若い少年たちも含まれていたのです。

     1597年1月10日に「長崎で処刑せよ」という命令が下された後,京都では左の耳たぶを切り落とされ,厳しい冬の寒さの中を,薄い着物で引き回され,長崎への遠い道のりを歩き通し,やっとの思いで2月4日に到着しています。そして2月5日の朝ひどい霜の中,3里(約12㎞)の浦上街道を歩き,午前10時頃西坂の丘に到着します。
     当日長崎では混乱を避けるために外出禁止令が出されていましたが,4000人を超える群衆が西坂の丘に集まっていました。パウロ三木は死を前にして十字架に架けられたまま,4000人の群衆に向かって真の信仰,正しい生き方について諭したのです。26人は十字架に架けられ,槍で両脇を突かれ殉教していきました。

     26聖人のその信仰の種は,日本の人々の心に今も届いていて,人間として真実の生き方を問い続けてくださっているのです。

     5年生の皆さん,西坂の丘に立つ時,26人が生命をかけて大切にしていたものが何だったのか,心の眼差しで見つめ,心のレベルで味わってきてください。

  • 2017年02月04日2017年2月4日の朝の祈り

    今日は2月4日「立春」です。暦の上ではもう春ですと言いますが,かつて1年の中で,すべての生きものが生まれ出る春という季節は,新しい年の始まりであると考えられていたので,立春が新しい年の始まりの日であり,立春の前日の節分は1年の最後の日とされていました。
    学校では,年度の始まりは4月ですから今から3月にかけて今年度が終わる時期になりますね。

    4月になったら心を入れ替えて頑張ろうと決心している人も,まずは今の自分をチェックしてみましょう。
    教室には花を飾り,花瓶の花の手入れをしましたか?
    授業が始まるまでに持ち物の準備はできてますか?
    教科書,ノートは開いていますか? ドアガールの仕事はできていますか?
    授業前の祈りはできていますか? 挨拶はきちんとできますか?
    このような授業前のルーティンができると,勉強にも気合が入りますよ。

    One stage up!
    立春が1年の始まりと考えて今日から新しい気持ちでスタートしましょう。

    皆さんの日々の努力が,日本の社会と皆さん自身の実りとなりますように。
    主の祈りを唱えましょう。

  • 2017年02月03日2016年2月3日の朝の祈り

    私は先日,34歳の化粧品会社研究員の方のお話しを,ラジオで耳にしました。
    彼女は,高校時代から理系の科目が好きで,大学も薬学部へ進学。大学院を出て,今の会社で化粧品開発をしているとの事でした。そのお話しの中で,私が驚いたのは,世界中で発売する製品を開発する上で必要なことは,外国の方と日本人のメイクに対する文化の違いや,各国の地域について知ることだとおっしゃっていたことです。

    例をあげると,「イタリアの女性にとっては,アイメイクが命」とか,水が貴重な所では,「水を使わない『ふきとり』という方法が好まれる」とか,宗教上,片手しか使えない文化を持つ地域は,「泡立てずに洗顔が出来ないとダメだ」などなど。そのような地域の事,その地域の法律・文化のことを知らないと製品が作れないというのです。

    薬学という分野にかかわる方も,今の時代,世界の人々の事を考えて仕事をされるという当たり前のことに,あらためて気づかされました。本校では,身近に留学生がいて,交流を深めることが出来ます。ですから,皆さんは,世界に様々な文化があることを身を持って知っていることでしょう。この環境は皆さんの大きな財産になることと思います。

    そのような貴重な機会を与えてくれた留学生のシドニーさんが,明日,アメリカに向かいます。シドニーさんとともに今日も良い一日が過ごせますよう,ご一緒に,主の祈りを唱えましょう。 

  • 2017年02月02日2017年2月2日の朝の祈り

    おはようございます。今朝は朝から雪になり、登校も大変でしたね。

    私の好きなお話の一つに、アメリカの短編作家O・Henryの『賢者の贈り物』という話があります。この作品はクリスマスの時期によく読まれますし、Progress Book 2の中でReadの教材としても使われていますので、3年生以上のみなさんは読んだことがあるでしょう。  

    若い夫婦のジムとデラは、お互いを大切に思い、貧しいけれども幸せに暮らしていました。彼らには宝物が二つあります。一つは、ジムが父親から受け継いだ金の時計、もう一つは、床にまで届く程、長く美しいデラの髪の毛です。二人はクリスマスにどうしてもプレゼントを贈りたいと思っていました。そこで、デラはジムへのクリスマスプレゼントとして、時計に似合う鎖を買いました。ジムは美しいデラの髪を飾るのにぴったりの櫛を買いました。けれどもそれぞれのプレゼントはあまりにも素晴らしく、二人はすぐには使うことができなかったのです。なぜなら、ジムは櫛を買うために自分が大事にしていた時計を売り、デラは時計の鎖を買うために美しい髪の毛を売ってしまったからです。鎖はあるけれどもそれをつける時計がない、櫛はあるけれどもそれを飾る髪がない。贈りあったものは使えない、という一見愚かにも思える二人のことを、O・Henryは賢者、賢い人達と呼んでいます。
     
    プレゼントというと、誕生日やクリスマスなど特別な日を思い出しますが、私はこの話から O・Henryのメッセージを「相手を思いやる気持ちから生まれたものは、形があってもなくてもすべてが尊いプレゼントなのです」という風に受け取っています。
    そのように考えると、私たちの周りにはすてきなプレゼントでいっぱいで、嬉しくなってきます。授業の前に寒い廊下で早くから立って待っていてくださるドアガールさん、あなた達の姿を見ると、本当に嬉しくなります。部屋に入るときには、にこっと笑ってくれますね。教室にきれいなお花が入っているのを見せていただくと、心が和みます。みなさんのために、毎日の新しい情報や、すてきな写真を掲示板に貼ってくださっていたり、また、校内の至る所にお花を生けてくださっていたりしていますが、みなさんはその優しさに気づいていますか。毎日のお弁当は、ご家族からのプレゼント ですね。手紙やメッセージ、年賀状などを、ひとりひとりの顔を思い浮かべながら書いてくださっている人もいます。本当に有り難いですね。

    でもそのようなすてきなプレゼントをいただいてばかりではなく、私たち自身が差し上げる方にもなりたいものです。
    一緒に過ごせるのもあとわずかになってきたクラスメートに、いつもお世話になっている周りの方達に、みなさんはどんな気持ちを込めて接することができますか。
    少し考えてみてください、そして、その温かなプレゼントをぜひ贈ってくださいね。

    それでは、今日もご一緒に「主の祈り」を唱えましょう。