2018年1月26日の朝の祈り

朝の祈り

教皇パウロ六世は1968年1月1日、ベトナム戦争が激化するなか、平和のために特別な祈りをささげるよう呼びかけられました。それ以来、全世界のカトリック教会は毎年1月1日を「世界平和の日」とし、戦争や分裂、憎しみや飢餓などのない平和な世界が来るように祈っています。
平和はキリスト教そのものに深く根ざしています。ミサの中で「平和の挨拶」を交わしていますし、神父様のお説教の中にもたびたび「平和」という言葉が出てきます。キリスト者にとって平和を唱えることは、キリストを告げ知らせることにほかなりません。平和の根底には「隣人愛」があります。アシジの聖フランシスコの「平和の祈り」にはこう記されています。

神よ、わたしをあなたの平和の使いにして下さい。
憎しみのあるところに、愛を
いさかいのあるところに、ゆるしを
分裂のあるとところに、一致を
疑いのあるところに、信仰を
誤りのあるところに、真理を
絶望のあるところに、希望を
悲しみのあるところに、喜びを
闇のあるところに光をもたらすことができますように、
助け、導いてください。
神よ、わたしに慰められるよりも、慰めることを
理解されるよりも、理解することを
愛されるよりも、愛することを望ませて下さい。
人は、自分を与えることによって与えられ、すすんで
ゆるすことによってゆるされ、隣人のために死ぬことによって、
永遠に生きることができるのです。

また、1981年2月に当時の教皇ヨハネ・パウロ二世が来日され、広島で「平和アピール」を出されました。そのアピールは次の言葉から始まります。
「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です」。
そして、「われわれの力をはるかに超える神の力によって勇気を持とうではありませんか。神がわれわれの一致を望まれていることを知って、団結しようではありませんか。愛を持ち自己を与えることは、かなたの理想ではなく、永遠の平和、神の平和への道だということに目覚めようではありませんか」と訴えられています。
すべての善意ある人々と手をたずさえて、平和な世界の実現に向かって、カトリック学校で学ぶものとしての責任を果たしていくことができるよう決意を新たにしたいと思います。
この言葉を今日の祈りとさせて頂きます。