2020年1月20日の朝の祈り

朝の祈り

年末の大掃除、私は引き出しの中からたくさんの手紙を発見しました。それは、娘が幼稚園の頃に友だちからもらった手紙です。幼稚園児ですから、手紙といってもたいそうなものではありません。かわいらしいメモ用紙に書かれ、イラストやシールまで貼ってあるような手紙です。
皆さんも幼いころは男の子、女の子を問わず、だれとでもいろいろな遊びをしていたことでしょう。けれど、次第に友だち関係で悩むことも多くなります。「私って、友だち作りが下手かも知れない」と思っている人は意外と多いのではないでしょうか。
私たちは年齢が上がるにつれて「友だちというのはこういう人だ。」という枠をとても狭く設定している気がします。「自分が友だちだと信じていても、相手はそう思っていないかも知れない。」「裏切られたりしたときショックだから、友だちは選ばなくちゃ。」そんなふうに基準を厳しくすると、なかなか本当の友だちはできません。「本当の友だち」も「理想の友だち」も、どこかに自分だけのために出来上がった形で転がっているものではありません。友情は時間をかけてゆっくり、自分と相手との間で築き上げていくものです。
理想の友情とは違い、人との関係はいつも自分にとって都合のいいものとは限らないし、時には傷つけたり、傷つけられたりすることもあります。でも絵に描いたようなすてきな関係ではなくても、自分にとって相手が、そして相手にとって自分が、かけがえのない存在としてつながっていくことができるのも、また友情のすばらしいところです。
友情は、なにも特定の友だちとの関係だけではありません。多くの人と出会い、コミュニケーションを取り合っていく中で、その人との間に自然に生まれたもの。出会いのすべてが「本当の友だちに育つ種」のようなものです。出会いは私たち身の周りのどこにでもあります。すべてが「友だちの種だ」という気持ちを忘れないで下さい。何かの時、あなたを救ってくれるのは、必ず自分より強い人であるとは限りません。
友だちになろう、と考えるならまずは自分自身が「友だちになりたい」と思われる人になれるよう、努めてみましょう。そうすればきっと、小さな出会いにも自然と笑顔になれる、そんな気がします。そこからが本当の友だち作りの第一歩です。
友だち作りにゴールはありません。2020年、これからたくさんの人と出会い、心を通わせることができますように、と願いながら主の祈りを唱えましょう。