2020年1月31日の朝の祈り

朝の祈り

今朝は私たちの学校が力を入れている英語教育や、国際教育とキリスト教についてお話をしたいと思います。マルコによる福音書16章15節に「全世界に行って、すべて造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」という言葉があります。
この言葉はイエス・キリストの時代には衝撃的な言葉であったろうと思われます。イエスの時代のユダヤ社会の人々は「自分たちは神さまから選ばれ、特別に祝福された民である。神さまを知らない他の民族をさげすみ、他の神々を礼拝する民族と交われば、自分たちは汚れる」と考えていました。ユダヤの人々は、世界に対して非常に閉鎖的な考えを持ち、違う民族の世界に宣教することは考えられないことでした。
それに対し、イエスは、ユダヤの風習や伝統を尊重しながら、もっともっと普遍的なものを見つめ、主張したために、ユダヤの指導者たちから弾圧され、十字架刑につけられたのです。
「もっともっと普遍的なもの」とは、「神さまは、ユダヤ民族の神だけではなく、すべての人間の神さまであるということ」また「すべての人間は、民族・国籍・宗派を超えて、みな一人ひとりかけがえのない尊い存在であるということ」の二点です。
イエスが律法によって労働が厳しく禁じられていた安息日に病人を癒したり、その時代にいやしめられていた異邦人の女性に救いを与えたのは、イエスが人々の重荷を背負い、どんな人にも、かけがえのない価値があり、一人ひとりは大切な存在であることを知っていたからです。
「全世界に行って福音を宣べ伝える」とは、人間の信念を押しつけたりすることでも、政治的影響力を拡大することでもありません。私たちの学校が英語を学び、いろいろな国々に海外研修を行う意味は、この学校内に閉じこもることなく文化の違いや民族の違い、生活習慣の違いを乗りこえ、相手の価値を尊重することを学ぶためです。そのためにも英語を学ぶことは重要なことです。
また「すべての造られたものに福音を宣べ伝える」ということは、イエス・キリストが生きられたように、どんな人もかけがえのない人として出会っていくことを教えてくれています。かけがえのない人として出会っていくためにも、相手の言っていることを理解するためにも、英語の学習は大切なことになります。
今後、ますます、国と国との垣根は低くなり、国籍・文化や価値観の違う人々と交わっていきます。みなさんは、この学校で「愛と奉仕の精神」を土台に英語を学び、全世界に普遍的なものを見つめ、どんな人にもかけがえのない人であることを知るためにも英語を学び、世界へはばたきましょう。